インタビュー

参議院議員選挙
女性支部長インタビュー

若井あつこ

参院選は未来を
諦めないための戦い
ニッポンの真ん中から
地方創生を実現

若井あつこ

岐阜県参議院第一支部長

初めに自己紹介をお願いします。

若井

岐阜県岐阜市出身の若井あつこです。4歳の頃、交通事故で大けがを負い、後遺症を克服するためのリハビリテーションとして小学1年生から空手を始めました。その後、空手の日本代表選手として、世界を転戦。世界選手権では4連覇を達成しました。現役を引退してからは地元企業の空手部監督を務め、平成27(2015)年に岐阜県議会議員に初当選しました。

県議会議員になる前は、空手と政治は全く別の世界だと思っていました。でも議員活動をしていくうちに、どちらも“大切な人を守るすべ”であることを実感。空手は護身術だけでなくいざという時に大切な人を守る術であり、政治も大切な人を守り幸せにする術。人の痛みや苦しみを共有し分かち合えた時、人はやさしくなれます。その「やさしさ」は大切な人を守る「力」に変わり、その「力」が社会にあふれたのなら、私たちはどんな困難も乗り越えていけるという思いから、“笑顔は希望、やさしさは力”をキャッチフレーズに県政に取り組んできました。

若井あつこ
国会議員を志した理由と、自民党の良さを教えてください。

若井

岐阜は、特に若い女性の県外流出が顕著です。地域から活気や賑わいが失われていく実状に危機感を覚えていましたが、だからと言って、少子高齢化や人口減少に負けたくありません。何もしないで、岐阜の未来を諦めるのは嫌だったんです。挑戦の先にしか未来がないのであれば、それを自らの身で体現していきたい。現役選手時代は「限界を超えてみせる!」というアスリート魂で夢を実現してきました。アスリート魂を再燃させ、「人口減少を乗り越えて見せる!」という思いで国政にチャレンジいたします。

自民党の良さは、政権与党としての長年の実績と政策を安定的に実行する力があること。県民の信頼に応えるには、やはり理想論ではなく現実に即した政策選択が不可欠で、それができる政党は自民党しかないと感じます。

支部長に就任されていかがでしたか。また、毎日どのように活動していますか。

若井

夏の戦いに全力で向かっていく覚悟を新たにしました。これまで県議として、私の選挙区は岐阜市でした。参議院議員選挙は県全域が選挙区になるので、くまなく自分の足で歩いて、地域の皆さまに直接思いをお伝えしていくことを大切にしています。選挙区は、海抜0m地帯から標高3,000m級の山岳地帯まで、変化に富んだ自然環境からなっています。それぞれに地域事情が異なり、切実な生の声を聞くたびに責任の重さをずっしりと感じます。同時に、行く先々で地域の方々の温かさに触れ、「応援してくださる方のためにも頑張ろう!」と毎日気合を入れ、活動しています。

政治の場に女性が増えることについて、どのようにお考えですか。

若井

私が「県民にとって絶対に必要だ」と思って立案した政策が、多数決で否決された経験があります。固定観念や時代にそぐわない価値観にとらわれることなく、同じ視点を持つ女性議員が政治の場に増えることは、とても重要だと感じます。自民党は2033年までに女性議員の割合を30%にすることを目標にしています。この数値の達成に貢献できるよう、頑張っていきたいと思います。

私が政治の世界に入ったきっかけは、岐阜県第1区選出の野田聖子のだせいこ衆議院議員です。先輩女性議員の方々が道を切りひらいてくださったおかげで、私たちは今その道を歩んでいくことができています。その道をさらに開拓していくことが私の使命だと考えます。

若井あつこ
国会議員として実現したい政策と、選挙に向けての意気込みをお願いします。

若井

東京一極集中の是正です。若い女性が県外に流出するのは半数以上が「職業上」の理由です。若者や女性が持てる力を発揮できる風土をつくり、やりがいのある仕事を地域に創出していくことが求められます。多様な働き方ができる環境を整備することは、新たな雇用を創出することになり、岐阜の未来にもつながっていくと信じています。

そして、障がいの有無や、年齢・性別などにとらわれず、多様性を認め合える全員参加型社会の実現を目指していきます。

また、岐阜はリニア中央新幹線の「岐阜県駅」の整備が予定され、日本の真ん中であるという「地の利」がさらに高まります。インフラ整備、交通ネットワーク機能をさらに強化していけば、地方創生のモデルケースになり得る高いポテンシャルを秘めています。「ニッポンの真ん中から真の地方創生を実現する!」という強い決意で、夏の戦いに臨みます。これは未来を諦めないための戦いであり、勝利に向けて全力で挑みます。

プロフィール

若井あつこ

岐阜県参議院第一支部長

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1971年9月12日、岐阜県岐阜市生まれ。4歳の頃交通事故に遭い重傷を負い、怪我を克服するために6歳から空手道を学び、競技の世界を目指すようになる。社会人になっても結果を出せず苦悩の日々を過ごしたが、27歳で「第14回世界空手道選手権ブラジル大会」に初出場し優勝を果たす。33歳のときに「第17回世界空手道選手権メキシコ大会」にて、前人未到の4連覇を達成。ギネス世界記録にも認定された「遅咲きのチャンピオン」。
現役選手を引退後、2015年に行われた岐阜県議会議員選挙に初当選(現在3期目)。子ども・女性政策をはじめ、インクルーシブ社会や、豊かな人生100年時代の実現に向けて日々努めている。

女性支部長インタビュー

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