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お知らせ「自由民主」先出し沖縄県

<沖縄特集>
沖縄の新たな時代を拓く
本土復帰50周年に当たって

5月15日、沖縄は本土復帰50 周年を迎える。わが党は、先の大戦の記憶、米軍基地問題等、沖縄の抱えるさまざまな問題に目を背けることなく向き合ってきた。国政の場で先頭に立って沖縄の声を届け、沖縄問題に取り組む同県のわが党衆院議員に、復帰から半世紀に寄せる思いと、沖縄の今後の展望について聞いた。

<沖縄特集> 沖縄の新たな時代を拓く 本土復帰50周年に当たって

西銘 恒三郎 衆院議員 沖縄及び北方対策担当大臣

沖縄がわが国の『平和』守る

昭和47年5月15日、私は現在の県庁前交差点を通行中に沖縄復帰の日を迎えました。当時は高校3年生で、私たちはドルで生活していました。復帰時の沖縄県の人口は約95万人でしたが、今は約150万人に達しています。社会資本の整備は復帰後50年間で目を見張るものがあります。ただ、一人当たりの県民所得は全国の7割程度で最下位となっており、課題が残ります。
今、ロシアのウクライナ侵略や北方領土不法占拠の現実を見るにつけ、沖縄復帰の偉業は米軍基地存続と併存とはいえ世界史の大きな出来事だと痛感します。
復帰50年の節目に沖縄北方担当大臣を拝命していることの責任の重さとめぐり合わせに感無量です。沖縄がわが国全体に貢献しつつ、中国、北朝鮮、ロシアと向き合いながら、『平和』維持の安全保障環境を確実に守るため、全身全霊で傾注していきたいと思います。

<沖縄特集> 沖縄の新たな時代を拓く 本土復帰50周年に当たって

宜野湾市の西普天間住宅地区跡地を視察する西銘恒三郎沖縄・北方担当大臣(令和3年12月5日)

<沖縄特集> 沖縄の新たな時代を拓く 本土復帰50周年に当たって

島尻 安伊子 衆院議員

「子供の夢がかなう沖縄」へ

沖縄は今年、日本本土に復帰して50年を迎えます。改めて、これまでの関係者の皆さまの並々ならぬご努力に心から敬意を表したいと思います。一言で50年と言うのは簡単かもしれませんが、大戦での苛烈な地上戦を経験し、その後の米国統治下の時代を経た後の本土復帰だったことを考えると、復帰前後、当時の流れはものすごかったと思います。
復帰後、沖縄は目覚ましい発展を遂げました。政府は、米国統治下にあった沖縄が一刻も早く日本政府を組織する行政機関として能力を発揮できるようにさまざまな支援策を講じ、そして沖縄県民は「本土に追いつき追い越せ」を合言葉に頑張ってきました。いわゆる沖縄振興特別措置法の第6次特措法が先ごろ施行開始となったばかりです。
私は沖縄に嫁ぎ34年になりますが、この目覚ましい発展を目の当たりにしてきました。軍用跡地の利用やモノレールの開通、沖縄サミット開催で各国首脳が万国津梁館にそろう姿は圧巻でした。また、コロナ前ですが、観光客数は1000万人を突破しました。
さて次のページを開いた沖縄。キャッチアップ式からフロンティア創造型への流れを加速し、強く自立した沖縄に向け、さらに躍動していきます。那覇空港第2滑走路の建設を決めていただいたのは、安倍晋三総理、菅義偉官房長官の時でした。その際に総理から「沖縄はアジアのゲートウエイとして、日本をけん引する経済発展をするだろう」と発言されたのが印象的で、それこそ沖縄が目指すべき姿だと思います。「子供の夢がかなう沖縄」へ出航です。

<沖縄特集> 沖縄の新たな時代を拓く 本土復帰50周年に当たって

沖縄3区の地元議員との集合写真(中央左が島尻議員、中央右が参院沖縄選挙区候補者の古謝玄太さん)

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國場 幸之助 衆院議員

世界の懸け橋たる万国津梁国家へ

「沖縄の祖国復帰が実現しない限りわが国の戦後は終わらない」(佐藤栄作総理)
沖縄は本土復帰から半世紀を迎えます。今年度50歳を迎える「復帰っ子」の私にとっては特に感慨深いです。
橋本龍太郎内閣以来の国会決議に取り組んでいるのも、今日の沖縄の発展に取り組んできた幾多の先人に感謝の念を表し、そしてその志を継承し、沖縄に平和創造の基盤をつくりたい、世界の懸け橋となる「万国津梁の魂(マブイ)」を持つ人材育成の拠点を創らなければならないという使命感からです。
沖縄には、「肝心(ちむぐぐる)」という言葉があります。「他人の気持ちや痛みをわが事として受け入れる心」と私は理解しています。山中貞則先生は「沖縄の目で見なさい。沖縄の心で考えなさい」と話されていました。だから私は「沖縄に寄り添う」といった言葉はしっくりきません。自己と他者、本土と沖縄を切り離している距離感を感じるからです。そして沖縄問題をわが事として受け止めてほしいと求める以上、私自身も北方領土問題や拉致問題、福島の復興等に当事者意識を持って取り組んでいるのかと、自問自答します。
沖縄の歴史から醸成された海洋国家、平和国家、そして世界の懸け橋たる万国津梁国家という理念は、わが国の国是そのものです。
だから沖縄の振興はわが国の発展に直結します。
沖縄でのサミット開催を決断した小渕恵三総理の志を礎に、岸田文雄総理の下で、世界を魅了する沖縄の実現に、全身全霊を尽くします。

<沖縄特集> 沖縄の新たな時代を拓く 本土復帰50周年に当たって

地元の港でマリンレジャー関係者の話に耳を傾ける國場議員

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宮﨑 政久 衆院議員

沖縄復帰50周年記念式典を支援する超党派議員連盟の設立

本年5月15 日は沖縄県が本土に復帰して50 周年の節目の日。この記念すべき年に、私は、自民党沖縄振興調査会の事務局長を拝命するとともに、2つの任務を課されました。
1つは、3月に期限を迎えた沖縄振興特別措置法の改正法案の党内議論の取りまとめ。もう1つは50周年の機運を沖縄だけでなく全国で高めることです。
沖縄振特法は、小渕優子沖縄振興調査会長を中心に、関係者からのヒアリングを継続的に行うことで、沖縄の社会経済の将来像をイメージアップさせ改正内容を具体化し、3月31日、無事成立させることができました。
次なる任務は機運の醸成。沖縄の本土復帰は沖縄県民だけで祝賀することではありません。50年前、復帰する側と復帰を受け入れる側の協力があってこそ実現したのであって、それが今日の沖縄の発展の礎になっています。どうすれば本土復帰をお祝いする機運を全国的に高められるか悩みましたが、その答えは全政党、全国会議員からなる議員連盟の設立でした。こちらも小渕優子先生を中心に、私も裏方となって与野党議員に働き掛けました。しかし、沖縄に対する思いは与野党議員で異なる部分もあり、難航した部分も正直ありました。しかし、沖縄のために決して諦めるわけにはいきません。何度も食らいき、意見の相違を乗り越え、同意を取り付けて、4月27日、超党派の233名という多くの国会議員が出席の下、「沖縄復帰50周年記念式典を支援する議員連盟」の設立総会を開催することができました。
沖縄の次の10年に向けて、幸先よいスタートを切れたと自負しています。

<沖縄特集> 沖縄の新たな時代を拓く 本土復帰50周年に当たって

超党派議員連盟の設立総会にて、小渕優子衆院議員(左)と記念講師の高良倉吉先生(中央)

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