国家安全保障戦略など三文書見直しに向けた提言

令和8年6月2日
科学技術・イノベーション戦略調査会

我が国は、戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に直面している。このような中で、ロシアのウクライナ侵略においてAI等を活用した新たな戦い方が顕在化したことにより、最先端の科学技術の成果が安全保障に直結することが明らかとなった。EU、カナダ、NATO等においては、先端技術の獲得を国家戦略の中核に位置付け、デュアルユース技術への大規模な投資を開始するなど、科学技術をめぐる国際的な主導権争いが激化している。我が国の有望な技術におけるデュアルユース市場[1]は、全世界で現在の約65兆円から2035年に約130兆円規模(うち日本市場は現在の約6兆円から約13兆円)への成長が期待されるとの推計もある中で、戦略的な官民投資を通じ、我が国の勝ち筋技術の確立を図る必要がある。

このような背景を踏まえ、第7期科学技術・イノベーション基本計画においては、「科学技術と国家安全保障の有機的連携」を柱と位置づけ、デュアルユース技術の優位性を中長期的に維持・向上していくことが、安全保障や経済成長の観点からも不可欠である旨明記している。また、我が国の自由な研究環境を守り、独創的な研究をはじめとした科学技術力を維持し発展させるためにも国の安全の確保が不可欠である。

このため、我が国においても、国家安全保障、科学技術及び成長戦略のクロスロードであるデュアルユース技術を中心に大胆に投資し、民生技術と安全保障技術のスピンオン・スピンオフの相互循環により、我が国の研究開発力を一層向上させ、国際的な技術主権を支えていくことが期待される。

今後、我が国が直面する厳しい安全保障環境を踏まえ抑止力・対処力を更に強化するためには、科学技術・イノベーションこそが国家安全保障を支える重要な柱であることから、安全保障三文書に以下を位置付けるよう提言する。

1.戦略的自律性・不可欠性、抑止力・対処力の源泉としての科学技術力の位置付け

安全保障においては、科学技術がこれまでも重視され重要な基盤・手段とされてきた。そのような状況の中で、ロシアによるウクライナ侵略においては、無人アセットの大量運用や用途拡大、宇宙・サイバー・電磁波領域や情報戦、データとAIの活用等のような技術力を駆使した新しい戦い方が顕在化している。このような傾向が今後も継続することに鑑みれば、科学技術力を戦略的自律性・不可欠性、抑止力・対処力の源泉として国家安全保障戦略の柱の一つに位置づけるべきである。特にAIは、情報収集(ISR)、指揮統制、兵站、整備、サイバーなどの幅広い軍事機能に実装され始めており、現代の戦い方そのものを大きく変えつつある。我が国としていついかなるときも意思決定速度の優越の確保及び戦力運用を高度化するための統合作戦基盤であるAIを自律的に選択・運用できるよう、「AI主権」を確立すべく、高機密ソブリンクラウド、データ基盤、計算資源等を含め、AI利活用に不可欠となる信頼できる基盤を着実に整備するべきである。

2.重要技術領域における戦略的自律性・不可欠性の整理

第7期科学技術・イノベーション基本計画において示された重要技術領域(国家戦略技術領域及び新興・基盤技術領域)について戦略的自律性・不可欠性の観点から整理し、国家安全保障上の重要技術については、一気通貫で支援を行うことでエコシステムの構築が必要である。このため、重要技術戦略研究所(仮称)を令和8年度中に立ち上げ、重要技術領域の中でも特に必要な領域についての調査研究を開始するとともに、政策提言や人材育成等を実施するべきである。また、同志国間の連携による技術スタックを構築するべきである。

3.経済安全保障重要技術育成プログラムの更なる強化

上述のエコシステム構築に際し、特に重要な役割を果たす経済安全保障重要技術育成プログラム(K program)の更なる強化に向けて、経済安全保障の観点から国家安全保障をより強く支える技術開発のための仕組とすべく、これまでの成果と課題、プログラムの開始以降の状況変化等を踏まえ、対象技術の探索・選定の考え方や伴走支援の在り方など、改善にとどまらない大胆な発想で具体化を進めるべきである。その際、経済安全保障推進法改正案により創設することとなる総合的な経済安全保障シンクタンクや重要技術戦略研究所(仮称)による調査研究・政策提言を活用し、戦略的自律性・不可欠性を強化する観点から重要な技術を特定し、集中的に研究開発を進めるべきである。

4.国家安全保障の観点からの研究エコシステムやそれを支える人材基盤の強化

国研・大学等やスタートアップとの連携を強化し、防衛イノベーションを創出可能な研究エコシステムを構築すべきである。その際、国研・大学等と防衛装備庁・防衛産業の人材交流を含めた人材基盤も抜本的に強化すべきである。具体的には、以下を実施すべきである。

  • 特に防衛上必要である分野について、研究に従事する国研・大学等にセキュアな防衛研究拠点の整備
  • 国研・大学等の参画意欲をかきたてるような、将来の防衛力整備上のニーズに基づく挑戦的な目標を示し、幅広い基礎研究から技術実証まで実施する研究プロジェクトの新設
  • 新たな防衛イノベーションの芽の発掘・育成と技術基盤の双方に資する基礎研究支援の深化として、安全保障技術研究推進制度の充実
  • 防衛分野でのスタートアップの積極的な活用に向け、SBIR制度等の防衛装備庁のファストパス調達も活用した柔軟・機動的な研究開発制度と伴走支援の充実
  • スタートアップの成長に繋がる民間資金の呼び水施策、機動的に支出可能な予算を含む積極的な防衛調達を行える枠組みの新設
  • スタートアップによる防衛分野の研究開発を迅速に進めるためのセキュアな環境の整備
  • 風洞を始めとした防衛分野の研究開発に必要となる試験・実証基盤を、関係省庁が連携して整備
  • 従来の防衛産業を含む企業の自発的な研究開発やスタートアップとの協業を促進する取組みの充実

5.政府によるデュアルユース技術支援の在り方

関係府省庁が連携し、先端科学技術の安全保障分野での積極的な活用に関する政府横断的な取組を一層推進するべきである。加えて、大学・研究機関、スタートアップ、企業などの協働が鍵であるとの認識のもと、研究者・企業が躊躇なく参画できるよう、関係府省庁が連携して、これらの多様な関係組織との対話を進め、周知・理解増進に取り組んでいくべきである。また、国家安全保障、科学技術及び成長戦略の観点から、我が国のデュアルユース技術を政府として支援する枠組みを検討し、デュアルユース戦略を体系化するべきである。

6.国際頭脳循環

大学等の行う基礎研究においては、我が国の研究力の強化のため、オープンで自由な研究環境を確保し、同志国等と対等な立場で国際共同研究に取り組むことが重要である。その際には、研究セキュリティの確保を図るとともに、実績を積み上げた上で今後、リスクベースでの精緻化にも取り組むべきである。さらに、重要な先端科学技術分野において卓越した研究者を育てるため、将来を担うトップ研究者が海外で研鑽を積む機会を提供する制度を検討すべきである。

7.戦略的科学技術外交

外交手段を通じて、我が国の科学技術力の向上、イノベーションの創出、国際頭脳循環等を支援すべきである。特に、重要技術領域などを巡っては、同盟国・同志国との間で戦略的な対話を行い、科学技術政策の調整や戦略的な共同研究の実施、産業化に向けた協力などに取り組むべきである。

8.国家安全保障の観点から多様な財源を活用した各省庁からの科学技術支援

第7期科学技術・イノベーション基本計画に示された政府研究開発投資目標額である60兆円の実現に向けて、防衛省を含めた各府省庁からの基礎研究・学術研究に対する支援を質的・量的に強化すべきである。また、防衛省のファンディング等も活用して、防衛分野の研究開発を柔軟・機動的に実施するための予算の確保も含めた方策を検討すべきである。

9.科学技術政策におけるCSTIの司令塔機能の強化

科学技術こそが国家安全保障を支える重要な柱であることを踏まえ、CSTIの科学技術政策における司令塔機能を強化し、関係機関(NSS、外務省、防衛省等)の連携を強固とするべきである。また、広範な関係者の参画を促す観点からも、防衛省等との連携のもとシームレスな形で、デュアルユース技術の開発投資に関する資金拠出やインテリジェンスをはじめ、CSTIによる政策推進体制を整備すべきである。その際、GSC構想に基づき設立される先端技術研究成果活用推進機構の活用なども含めて検討し、CSTIが担う事業執行などの運用機能を最小化させ、企画立案の事務に集中することが可能な体制を構築するべきである。

10.国民からの理解

上記取組を推進するに当たっては、国民の幅広い支持と理解が不可欠である。国民に対して、国会での議論も含め、積極的な情報発信をしつつ、機会を捉えて政策の背景及び必要性をわかりやすく丁寧に説明していくべきである。

[1]航空、宇宙、AI・半導体(ロボット・蓄電池等)、マテリアル、バイオ・医療分野の民生市場における防衛にも活用できる技術・製品を対象。