経済安全保障推進本部
国家安全保障戦略など三文書見直し及び骨太方針に向けた提言
令和8年5月14日
自由民主党政務調査会
I.はじめに
経済安全保障が初めて国家安保戦略に位置付けられたのは、現行の国家安全保障戦略(令和4年12月16日)である。「有事と平時の境目はますます曖昧に」、また、「国家安全保障の対象は、経済、技術等、これまで非軍事的とされてきた分野にまで拡大し、軍事と非軍事の分野の境目も曖昧に」なっていることを背景に、「我が国の平和と安全や経済的繁栄等の国益を経済上の措置を講じ確保すること」が経済的安全保障の意義として明記された。
以降、ウクライナ侵略の長期化や、現下のイラン・中東情勢をはじめ、国際情勢は不透明さを増しながら、我が国を取り巻く安全保障環境は戦後最も厳しく複雑化し、従来の経済安全保障の枠組のみでは対処しきれない課題も明らかとなってきている。国際秩序が不安定化し、世界各地で紛争が頻発し混迷を深める現代は、「戦後」、即ち平時の延長ではなく、次なる有事へと移行するリスクが内在する「戦間期」と酷似しているのではないかとの見方もある。同時に、経済アジェンダが大国間・同志国間の外交の主要課題となり、また防衛・デュアルユース品の生産・技術基盤、更には国民生活・産業活動の維持が長期戦の帰趨を左右するようになってきている。我々は「経済力・技術力が外交力・防衛力を決する時代」を生きていると言っても過言ではない。
我が本部の前身である新国際秩序創造戦略本部は、2020年12月にとりまとめた提言(「『経済安全保障戦略』の策定に向けて」。以下「2020提言」という。)において、各国と比べ、我が国では、「国家の独立と生存及び繁栄を経済面から戦略的に確保するとの問題意識は比較的希薄」ではないかとの問題意識から、「経済安全保障戦略」を策定すべきことを提言した。同提言は、「戦略的自律性」と「戦略的不可欠性」という2つの概念を定立し、今日に至るまで、我が国の経済安全保障政策の礎となっており、その後の環境変化を経てもなお、その意義を減じることなく、今日的文脈の下でむしろその重みを増している。一方で、経済インテリジェンスの強化を含む「情報力」や、国家の競争力の源泉である「人材力」の安全保障における重要性が急速に高まってきていることも忘れてはならない。今般、三文書見直しに際して、「2020提言」により築かれた地平に立ちつつ、経済安全保障が国家安全保障戦略を根幹から支える重要な政策体系として戦略的に位置づけられるとともに、新たな潮流を捉えて追加的に取り組むべき政策の方向性が明らかになることを期して、以下提言する。
II.経済安全保障における新たな基本認識
近年、中国の過剰生産問題等により、西側諸国において国内製造業が衰退し、マクロ経済の不均衡への不満が増大する中で、国際経済秩序への信頼が低下し、自国優先主義が先鋭化している。また、米国・中国といった大国間の技術開発競争が激化する中で、主要国は、大胆に政策の再構築を進め、トップ人材の獲得を戦略的に加速するなど、科学技術・イノベーションと安全保障との融合を進めている。更には、特定国による重要鉱物等の輸出規制や我が国を名指ししたデュアルユース品目輸出禁止措置等、他国による経済的な依存を利用した「経済の武器化」が一層深刻化している。
これらの経済安全保障分野における新たな流れを踏まえ、自国優先主義を先鋭化させる大国や地域が、生産基盤の確保や技術の維持・獲得でしのぎを削り、また、地政学リスクの顕在化が現実の脅威として常態化する中で、我が国は、法の支配・ルールを重視する成熟した民主主義・資本主義国家として、国益の観点からどう振る舞うべきかが問われている。
こうした中、我が国は、以下3つの基本認識に立って、政策を具体化し、遂行していくべきである。
第一に、我が国が積極的・主導的な役割を果たして、新しい国際秩序を形成すること。国際秩序の揺らぎが顕在化する中、公正な競争環境と予見可能性を確保するべく、我が国独自の強みを最大限に生かし、ルールメイカーとして、これまでの自由貿易体制の再調整を主導していくことが重要である。
第二に、安全保障と経済合理性を両立し、官民の行動原理の変化に繋げていくこと。国家を背景とした非市場的な政策や慣行に起因する、自由かつ公正な経済活動に対する外部脅威に向き合うには、我が国としても、国民の政府への信頼を確保しながら、国が一歩前に出るとともに、経済のメインプレイヤーである民間のマインドも変えていき、官民一体となって対応していくことが求められている。日本が石油危機以来進めてきた「備蓄」などこれまでの取組を例に、経済合理性のみでは説明しきれない強靱性を構築する必要がある。
第三に、「平時からの備え」から、「有事があり得ることを前提」とした社会・産業構造の強靱化を進めること。我が本部では、過去に有事をも見据えた経済安全保障の確保について提言を行った[1]が、現下の国際情勢を踏まえれば、もはや待ったなしの課題となっている。「国民生活の維持を他国の情勢に左右されず確保する」ことを目標に、平時の発想と有事の発想の断絶を乗り越えて、あらゆるリスクを念頭に、国民生活・産業活動に関わる幅広い分野で、持続的な対応を可能とするための不断のリスク点検、及び点検結果の政策実装を徹底することが不可欠である。
III.求められる政策の方向性
(1)新たな国際秩序の形成
「国際秩序の維持・強化」は、戦略的自律性と戦略的不可欠性と並んで、経済安全保障政策の三本柱と位置づけられているものの、これまでは、既存の国際経済秩序からの恩恵を最大化するとの目的の下で、特定国による経済的威圧などに対してどう対処するか(Reaction)が中心で、他国に先駆けて、日本から、どのような秩序を志向し、能動的・自主的に働きかけるのか(Action)について議論が深まっているとは言い難い。激動と混迷の国際情勢において、したたかに我が国の安全保障を確保する観点から、自由貿易を基調とする新たな国際秩序という「北極星」を常に追求しながら、未来志向で大胆な構想を練り上げ、その実現に向けてアイデアを競い、具体的な成果につなげていくべきである。
まず、そのような新たな国際秩序を構想する前提として、アンチダンピングなどの貿易救済措置等、我が国がこれまで積極的に活用してきたとは言い難い既存のルールを徹底的に活用しなければならない。このため、貿易救済措置等の実施体制を諸外国と遜色ない水準に強化すべきである。
そのうえで、既存のルールでは対処しきれない問題がなお大きく残ることを認識し、自由貿易体制が正常に機能するためには相手国との相互の信頼性が不可欠であるとの考えに立って、信頼できるパートナー国との間での多国間貿易メカニズムの再調整の観点から、経済安全保障の考えを全面的に取り入れた新たな国際秩序や国際ルールの形成に向けてコンセプトを創り、働きかけを開始すべきである。
同時に、経済安全保障の観点からは、我が国自身が自律性を持つことが重要であるが、同時に、これを補完するアプローチとして、従来の同志国との連携を、「集団的自律性」(collective autonomy)の確保に向けた取組として実装することが重要となる。安全保障は、外交・防衛のみならず、技術基盤、サプライチェーン、人的ネットワーク、資金フロー等を通じて、国際社会・経済とつながっている。我が国自身が自律性を持つことが重要でありつつも、あらゆる分野で一国のみで自律性を確保することが現実的に困難な中、同志国間で、確かなサプライチェーン分析に基づいて戦略的に国際分業のパートナーシップを構築すること(そのためにも、後述(4)のとおり、我が国が特定の技術について優位性・不可欠性を獲得することが重要となる)、及び、外部からの「経済の武器化」等の脅威によって国益が脅かされる(おそれがある)場合に、個々の国による対応のみでは限界がある際には同志国が連携して集団的にその影響に対応すること等を通じて、自らの意思に基づき秩序を形成・維持しようとするのが「集団的自律性」の核となる考え方である。こうした考え方を基軸に、我が国がそうした働きかけのハブの一角を担い、CPTPPなどのこれまでの同志国のネットワークを強化することに加え、現在同志国で議論が進められている重要鉱物分野の取組をはじめとして分野別のアプローチも拡大・深化していくことが急がれる。
また、これまでの同志国のネットワークのみではなく、成長著しいグローバルサウスを含む幅広い国々を経済安保上の重要なパートナーと位置づけ、外交・防衛・経済の面から、相互の利益に基づく協力を深化していくこと。ODAを経済安保の観点から再構築するとともに、OSA、OESA[2]などのツールを有機的に組み合わせ、課題解決・市場創造・ルール/標準作りを軸に、技術・イノベーション促進なども含め、国・地域のニーズを踏まえた戦略を検討することが重要である。
更に、国際秩序を支える主体として、国際機関についても、重要鉱物サプライチェーンを含む経済安全保障の強化のために、積極的に活用すべきである。また、経済安全保障を更に推進する観点から、新たな国際機関の設立を主導することも視野に入れるべきである。例えば、OPECに対抗して1974年にIEAを創設し、備蓄の管理や緊急時の融通システムを整備したように、重要鉱物等、分野ごとに国際機関を構想することも考えられる。昨年12月に行われた経済安全保障・東京フォーラムを礎に、「経済安全保障版シャングリラ会合[3]」を日本が定期開催し、世界のリーダーや著名な専門家が集まる場とすることは、その第一歩となろう。こうした新たな国際秩序を世界に唱道していくには、その担い手となる人財の育成・展開も不可欠である。国際機関の邦人幹部人材の拡大に加え、ビジネスリーダー、ダボス会議等の発信力のある会議体の出席者等、「世界で勝負できる人財」の育成を急ぐべきである。特に、国際機関の長や幹部などで日本人が活躍することが、日本の地位向上や発信力の強化につながるよう、経済安全保障の視点から見て重要なポストの特定とこの獲得に向けた支援の強化に加え、厳格なセレクションのもと国際機関幹部候補のキャリアトラックを公務員の中で作るべく公務員制度を抜本的に改革するとともに、民間やアカデミアの人材発掘を強化するべきである。
(2)社会全体の持続的対応能力の確保
2022年から続くロシアによるウクライナ侵略の長期化は、戦争は短期決戦を前提として設計し得ないこと、ひとたび起これば中長期化する恐れが高いことを明らかにした。このことは、長期戦への備えとして継戦能力を確保することの重要性を示すとともに、民間セクターを含む度重なるサイバー攻撃や発電所をはじめ主要インフラ施設への攻撃が続く中、軍事・非軍事を問わずあらゆる事態において国民の政府への信頼を確保し、安定した国民生活・産業活動を維持することが重要であることを浮き彫りにした。これを教訓とし、国防イコール安全保障との狭い考えから脱却し、社会の営みを持続可能なものとする国民の理解、国民生活・産業活動の維持があってこそ、初めて我が国の主権を守る上で欠かすことのできない自衛隊の継戦能力を十分に発揮することができるとの基本的考えを打ち立てるとともに、これらを支える政策については、防衛費と並ぶ重要項目として予見可能性をもった形で予算の確保に努めるべきである。そのためにも、社会・産業構造の強靱性を高めるべく、関連する全ての省庁において、包括的なアプローチ(whole-of-society approach)でリスクの総点検を進めるべきである。
我が本部では、3年前に経済インテリジェンス能力の強化の必要性を謳い、昨年の提言においては、リスク点検の更なる深化・高度化として、有事も含む多様なリスクシナリオに基づく点検の定式化、予防と対処の両面的な検討、データ等を活用した分析の高度化などを提言した。改めて、これらの重要性を想起し、現下のイラン・中東情勢の対応等を通じて明らかになった海上輸送の途絶等の物流を含むリスクも踏まえ、経済インテリジェンス能力に関する体制強化に総力を挙げるとともに、有事や事態推移にも応じたリスクシナリオに基づき、①国民生活・産業活動の維持に必要なエネルギー、食料、医薬品、生活必需品等の備えは十分か、②いかに国民の政府への信頼を確保し、電力、通信、水道等の基本的な社会インフラ基盤を機能させ、国民生活・産業活動を守るのか、といった観点から、調査・分析を深めるとともに、単なる点検にとどまることなく、政府全体で、リスク点検の結果について着実にスピード感をもって各省庁での政策実装・官民の行動変容につなげるサイクルを確立すること。その際、エネルギー安全保障や食料安全保障といった、これまで先行して形成・確立されてきた政策領域も含め、改めて、経済安全保障の視座を以て、踏み込んだ検討を加えていくことの重要性が一層高まっているといえる。また、既存の法制度等に障害が認められれば、それに囚われて課題に目を背けるのでなく、あるべき姿を追求する発想で取り組むこと。新たな事態類型の策定や認定制度の創設、事態推移に応じた立法措置なども考え得る。加えて、有事生起時の初動の在り方について、必要な体制整備や制度改正の検討に着手すること。
更に、官民連携を一層高度化するべく、安全保障と経済合理性を両立して、コーポレートガバナンスコード等、企業の経営判断・行動の変容を促す規範・環境を整備すべきである。また、ひとりひとりの国民、ひいては社会全体で、経済安全保障を支える必要性を「自分ごと」と捉える認識を共有するべく、民間企業・地方自治体・国民各層向けのリスクコミュニケーション[4]を強化・工夫すること。産学官において、経済安全保障推進法により設立される総合的な経済安保シンクタンクをハブとして、経済安保の観点を織り込んだ自律的な取組を牽引することができるプロフェッショナルを育成すること。
(3)生産基盤の強化
1990年代以降、日本を含むG7諸国の製造能力は低下を続けている一方で、中国は、製造能力強化に向けて、「中国製造2025」等を通じて、製造業のイノベーション能力の向上、情報化と工業化の高度な融合の推進、工業基礎能力の強化等を体系的に進め、製造能力を着実に拡大してきた。こうした中で、欧米においても、国内製造への回帰に向けた動きが一層鮮明となり、防衛産業基盤の強化と相まった形で政策リソースが集中的に投下されている。
我が国は、経済安保推進法等を通じ、重要物資の供給など戦略的な産業基盤を確保するための制度・枠組を構築してきたが、これまで以上に地政学的な不安定性が高まり、今後もかかる状況が継続することが懸念される中で、国民生活や経済活動に必要な物資の供給を支える生産基盤の強化の重要性が高まっている。
今こそ「生産力こそ抑止力」の考え方に立ち、サプライチェーン・技術・インフラなど、我が国の自律性・強靱性を支える生産基盤の抜本強化に向けて、これまで以上の取組が求められている。具体的には、①先端技術に限らず、化学品等の基盤的物資・技術も対象とし、②上流から下流、資源循環、それらを結ぶ海上輸送等の物流まで含めて一貫して、③生産基盤を支える人材力やデジタル化(AI導入)を推進する視点を強化し、官民の適切な負担のもと経済安全保障の取組を持続可能なものとしていく必要がある。その際、民間の負担が単なるコスト増で終わらぬよう、例えばゼブラ企業[5]やソーシャルインパクトボンドなどを参考に、経済安全保障の新たなビジネスモデルやファイナンススキームも模索すべきである。併せて、平時は民生向けニーズに応じた製品を製造し、有事には防衛その他の政策的要請に応じた製造へと切り替えが可能な、いわば「デュアル生産設備」の整備・活用[6]や、多国間の連携による生産基盤や基盤的物資の確保等、多様な政策手法を活用し、取組を高度化していくことが求められる。
(4)技術の保護・促進
近年、AI、量子、半導体、バイオ、宇宙、サイバー、原子力等の先端科学技術の獲得は、経済成長のみならず国家安全保障に大きな影響を及ぼすものとの認識が広がっている。各国は、科学技術・イノベーション政策を国家安全保障政策の中核的要素として明確に位置付け、重要技術の国内確保、研究開発基盤の強靱化、サプライチェーンの多元化、技術流出の防止といった観点から、産業振興とは質的に異なる政策を推進している。とりわけ、大国間では、新興重要技術を筆頭として、先端技術やデュアルユース技術の開発競争が一層激化し、輸出管理・投資管理等を駆使した技術の囲い込みが生起している。特に、卓越した研究者、将来を担うトップ研究者、更には技術の社会実装を通じて産業構造や競争環境の変革を牽引するとともに、巨額の富を生み得る起業家等の獲得を戦略的に進めており、総合的に人材を誘致しており、最重要資源といっても過言ではない「技術人材」について、安全保障の観点から国家間の競争が激化している。
こうした中、我が本部の提言に呼応する形で、政府は、研究インテグリティ・セキュリティの強化、輸出管理及び対内直接投資審査の強化等を進め、ヒト・モノ・カネ、サイバー攻撃等を通じた技術流出リスクに即して、体系的な対策を進めてきた。また、経済安全保障分野では、経済安全保障重要技術育成プログラム(いわゆるK program)として先端的な重要技術の公的な利用に繋がる開発を進めてきた。しかし、この間にも、複数の核心的な技術分野において、特定国が我が国より優位にあり、デュアルユース技術に限らず、国民生活や経済運営に不可欠な技術分野を他国に依存する例も一層増加している。かかる課題認識に立って、我が国として、本年3月に閣議決定された「第7期科学技術・イノベーション基本計画」を踏まえ、科学技術と国家安全保障の有機的連携を深めるとともに、技術流出対策の更なる強化を進めることが必要である。
具体的には、我が国の技術優位性、ひいては戦略的不可欠性を確保するべく、国家安全保障上の重要技術について、集中的・選択的に研究開発投資とその支援を強化するとともに、同志国間の連携による技術スタックを構築すること。また、人材育成を軸とし、研究開発、拠点形成、設備投資、スタートアップ支援、ルール形成等の政策を総動員して、重要な技術を一気通貫で支援するエコシステムを構築すること。K programについては、防衛・デュアルユース技術基盤の強化に向けた機運の拡大等、構想・設計された当時からの環境変化を織り込んだ上で、経済安全保障の観点から国家安全保障をより強く支える技術開発のための仕組はどうあるべきか、現行制度の「改善」にとどまらない大胆な発想で具体化を進めること。これらの取組を進めるに際しては、これまでの延長線にない挑戦を慫慂するべく、リスクや失敗に寛容な機運を醸成することや、研究開発・社会実装を結びつけるのは「ヒト」であり、人材への投資が重要であるとの認識が肝要である。同時に、大学や研究所においては、先端的な研究開発の推進のため、内外から多様な人材を受け入れているが、特に機微な情報を取り扱う戦略的な技術領域では、情報保全の重要性が一層高まっており、我が国の研究人材の育成の方向性を示すとともに、各技術分野の特性に応じたバランスの取れた人材構成を追求する必要がある。懸念国は、輸出管理や、国産品優遇策を用いて、優位性の高い技術の自国への移転を誘引しており、他国の技術基盤の弱体化につながりかねない状況である。こうした中、経済安全保障の観点で守るべき重要技術について、技術流出を防ぐための制度的措置を講じること。あわせて、技術は、ひとたび漏えいしてしまえば、優位性を損なわれるため、こうした技術流出の対応は、我が国のみでなく、同志国と連携して取り組むこと。技術窃取の更なる巧緻化に対し、外為法等の投資審査手法を強化するとともに、民間が保有する情報も含め、技術流出対策を引き続き強化すること。さらに、技術の保護及び促進の両面において、知的財産の活用と合わせて推進していくこと。
(5)AI・データ時代の新たな安全保障
現行の国家安全保障戦略策定以降の最大の環境変化の1つは、生成AIをはじめとするAIの技術進歩と社会実装が急速に進んでいることである。AIは、もはや高度なチャットボットの域にはなく、日常生活から産業、安全保障まで、様々な分野で取り入れられるほか、物理空間へも伸長し始めており、その開発・利活用は、産業競争力や安全保障に直結し、防衛・経済等の優位性ひいては国力を左右するものと言える。AI開発における大国間競争が激化し、各国において、官民を挙げた総力戦の様相を呈してきている中、我が国がその後塵を拝することは、国家安全保障を毀損するとの危機感を持たなければならない。
AI利活用の最重要課題は、データ利活用と信頼性確保である。我が国では、特に信頼性の確保の観点から、信頼できるネットワーク(オープンRAN)の展開、更には、サプライチェーン・リスク対策等に取り組んできている。一方、こうしたいわば「守り」の取組が重視され、利活用を促進するための方策については、必ずしも重きが置かれてこなかった。現状、AIが積極的に利活用されるものとなっているとは言い難く、AI関連の開発・投資やビジネスへの実装についても、主要国はもちろん、我が国より経済規模が小さい国も下回っており、出遅れが年々顕著になっている。
このように、AIの急伸は、データを取り巻く環境を一変させており、我が国としても、AI・データ利活用を安全保障の文脈で捉え直し、AI利活用における自律性・不可欠性を確保する必要がある。このため、まず、自衛隊に限らず、NSSを含む政府全体の安全保障関係部局において、徹底的に、AIの実装・活用を進めるべきであり、そのための人材育成、組織文化、業務プロセスなどについて抜本的に改革を進めること。また、AI利活用は、先述のとおり、産業競争力や安全保障に直結し、防衛・経済等の優位性を左右するものである。その前提となる基盤を他国に過度に依存すれば、政策判断の自由度が制約されるほか、国民生活・経済活動にもチョークポイントを生じ、広く安全保障に支障が生じ得る。我が国としていついかなるときもAIを自律的に選択・運用できるよう、「AI主権」[7]を確立するべく、国産基盤モデルや高機密ソブリンクラウド、データ基盤等を含め、AI利活用に不可欠となる信頼できる基盤を着実に整備すること。加えて、バーティカルAIやフィジカルAIといった我が国としての勝ち筋への投資を着実に進めるとともに、インド太平洋地域を中心に、地域における信頼できるAIエコシステムの確立に貢献し、AIテックスタックにおける我が国の優位性・不可欠性を確保すること。その際、当然ながら、データを適切に保護することが重要である。このため、安全保障上重要な個人に関する機微データの漏えい防止策について新たな制度を構築するとともに、あらゆるデータについて、資源としての潜在的価値が高まっていることも踏まえ、幅広い場面で、サプライチェーン・リスク対策を横断的に実施すること。
IV.当面の重点課題(骨太方針2026に向けて)
これまで国家安全保障戦略など三文書の見直しに向けて議論を重ねてきた中長期にわたる大きな方向性については、確かな時間軸をもって着実に実行していくことが必要である。これらのうち、とりわけ来年度を念頭に置いて、当面取り組むべき重点課題については、以下のとおりである。
(1)有事の経済安全保障の高度化
イラン・中東情勢等の経験も踏まえ、有事が起こった場合でも国民生活及び産業活動が円滑に維持されるよう、持続的対応能力を支えるメカニズムの構築に向け、体制整備や制度改正が必要な項目について検討すること。
(2)データセキュリティ
これまで我が本部では、安全保障上重要なデータを防護するためデータセキュリティに関する検討を政府に求めてきた。社会のデジタル化やAIの広がりにより、データセキュリティ確保の構築はもはや一刻の猶予もない。ゲノムデータ等の安全保障上重要な個人機微データの防護に関する法案を早急に国会に提出するとともに、大量のデータの保存・処理を行うデータセンター・クラウドサービスの安全性・信頼性等を確保するために必要な措置を講じること。
(3)総合的な経済安全保障シンクタンク
経済安全保障推進法の改正に伴って創設予定である総合的な経済安全保障シンクタンクについては、外交・情報・防衛・経済・技術の専門知識を結集し、政府の要請に即応した質の高い調査研究を行うことが期待される。国際的なシンクタンクとの連携も視野に、情報基盤整備を含め、必要な予算・体制を確保し、令和8年度中に立ち上げること。特に、関係省庁においては、シンクタンクの政策提言を各省の政策に活かすことも見据え、人材貢献・財源の拠出を行うこと。本シンクタンクが将来の経済安保プロフェッショナルの育成のハブとしての役割が期待されていることに鑑み、官民から幅広い分野の専門家を募り、配置すること。
(4)生産基盤の強化
現下のイラン・中東情勢の経験も踏まえつつ、化学品等の基盤的物資について具体的な支援の検討を急ぐとともに、生産基盤を支える鋳造・鍛造等の技術要素群への設備投資や研究開発・実証等の具体的な支援を前例にとらわれず検討すること。上流から下流だけでなく、資源循環まで、また、ヒューマノイドや量子コンピュータなどの将来の技術を支える物資まで、海上輸送等の物流も含めてサプライチェーンを一貫して強化するための方策を具体化すること。中堅・中小企業を含め、人材やデジタル化・AI導入などのエコシステムを含めた面的な生産基盤の強靱化に向けて、方策を具体化すること。その際、民間の対応が極めて困難な領域について、諸外国の事例も踏まえ、GOCO[8]や出資等を通じた、国による更なる支援の在り方について検討すること。
(5)国家安全保障を支える技術基盤の強化
K programの在り方として、経済安保の観点から、国家安全保障をより強く支える技術開発のための仕組みについて、改善に留まらない大胆な発想で具体化を進めること。
(6)社会全体の持続的対応能力の強化・リスク点検
イラン・中東情勢も踏まえ、「国民の理解、国民生活・産業活動の維持があってこそ、自衛隊の継戦能力を十分に発揮することができる」との考えのもと、有事をも見据えたリスクシナリオをもとに、国民生活・産業活動の維持に必要な物資や、社会インフラ基盤の維持について総点検を行うこと。点検の結果明らかになった脆弱性に対処するべく、必要な予算的措置の確保及び制度的検証を進めること。
(7)技術管理の強化等
現在国会に提出されている外為法改正案をもとに、外為法の投資審査を通じて日本企業の技術流出・悪用を防止するため、対日外国投資委員会(日本版CFIUS)を可及的速やかに立ち上げるとともに、情報収集を含め、その審査体制を抜本的に強化すること。また、国際連携も含め、経済安全保障の観点で守るべき重要技術について、技術流出を防ぐための制度的措置を講じること。財務省・経産省のみならず、対日外国投資委員会を構成するその他の業所管省庁においても、専門性を有した人員の配置・拡充に努めること。
(8)経済安全保障の推進に必要な体制整備・人員の確保
政府部内の体制整備・定員確保に努めるとともに、経済安全保障推進法の改正に伴って創設予定である特定海外事業促進制度の実施主体であるJBICをはじめ政府関係機関の定員の拡充に努めること。あわせて、複雑化する安全保障環境に対応するべく、各省庁において専門性をもった職員の育成・確保に努めること。
(9)造船業の再生
官民投資ロードマップの着実な実行により、経済安全保障の観点から、国内における船の新造に加え、修繕や海外展開に必要な支援の拡充にも努めること。その際には、エネルギー安全保障の観点も踏まえ、LNG運搬船の製造の再興に向け、国内実施体制の整備、必要な支援策・予算措置の特定を早急に進めること。
V.おわりに
今般の国家安全保障戦略など三文書の見直しは、戦後最も厳しいとされる、現下の安全保障環境を踏まえて行われる。当然ながら、三文書に位置付けることとなる政策の方向性の実現には、道程は長く、困難を伴うこともあるだろう。だからこそ、ビジョンの提示という「絵に描いた餅」に終わらず、冷静な状況分析、確かな時間軸、戦略的思考に裏打ちされた、政策体系の提示が求められる。
特に、我が本部として再度強調したいのは、ウクライナ侵略の長期化を通じて明らかとなった、社会全体の持続的な対応能力を確保することの重要性である。経済安全保障はもはや経済のみの問題ではなく、国家安全保障を支える不可欠な基盤である。また、経済安全保障は、エネルギー安全保障、食料安全保障とも密接に関わるテーマであり、この提言に即して今後の政策を具体化していくに当たっては、我が本部及び党政務調査会の各専門機関が協働し、戦略的自律性及び戦略的不可欠性の観点を中心に、まさに包括的なアプローチに立ったリスクの総点検を進めて行くことが求められている。
そして、国民に経済安全保障の重要性を理解していただけるよう、民間企業、アカデミア、地方自治体、国民各層への積極的な情報発信、リスクコミュニケーションが鍵となろう。また、現行の国家安全保障戦略にも記載されている「経済・金融・財政基盤の強化」に不断に取り組み続け、財政上の余力を生み出し、有事の際の財政需要の拡大にも対応する必要がある。
足元では、イラン・中東情勢の緊迫が続いている。ホルムズ海峡の事態は、10年前の2016年以来、「自由で開かれたインド太平洋」(Free and Open Indo-Pacific, FOIP)を掲げて我が国が唱道してきた、法の支配、航行の自由、自由貿易の推進等を通じて、インド太平洋を「国際公共財」として自由で開かれたものとすることで、この地域における平和、安定、繁栄の促進を目指してきたことの価値を改めて浮き彫りにしている。いまこそ、我が国が新たな国際秩序の形成に向けた主導的な役割を果たすことが期待されている。
また、いま生起している影響への対応に万全を期すことは最優先であるが、同時に、未来志向で、次なるリスクへの対応体制の充実につなげていくことも重要である。アメリカの軍事戦略家でハドソン研究所を創設したハーマン・カーンは、「考えられないことを考える」(think the unthinkable)ことの重要性を訴えた。政府には、あらゆる楽観バイアスを排し、リスクシナリオの練度を上げ、予防的な「リスク管理」と危機が起きた後の「危機管理」の境目をも埋めながら、経済安全保障政策を不断に深化させていくことを求めたい。
[1]「有事をも見据えた経済安全保障の確保及び骨太方針に関する提言」(令和7年5月27日・自由民主党政務調査会、経済安全保障推進本部)
[2]Overseas Economic-Security Arrangementの略称、経済安全保障推進法の改正に伴って創設予定である特定海外事業促進制度。
[3]シャングリラ会合とは、IISS(The International Institute for Strategic Studies)(英国国際戦略研究所)が主宰するIISSアジア安全保障会議のこと。同会議は、地域安全保障枠組の設立を目的として設置され、毎年シンガポールにおいて、アジア太平洋地域をはじめ各国の国防大臣等が多数参加する最も著名な国際会議の1つであり、会合の開催場所であるシンガポールのシャングリラホテルにちなんで、「シャングリラ会合」と通称される。
[4]社会を取り巻くリスクに関する正確な情報を政府、企業、国民等の間で共有し、相互に意思疎通を図ること。特に、ここでは、社会が混乱し、平時と有事を問わず、情報が錯綜する中で、政府が、適時に正確な情報を国民各層に伝える媒体の確保・能力向上の重要性をも含意する用語として用いている。
[5]ゼブラ企業は、時価総額を重視するユニコーン企業と対比させて、社会課題解決と経済成長の両立を目指す企業を、白黒模様、群れで行動するゼブラ(シマウマ)に例えて命名されたもの。その特性に応じたインパクト投融資(経済的リターンと社会的な影響を同時に追求する投融資の手法)が行われて潜在力を発揮することで課題解決につながる可能性があるとされている。
[6]例えば、ロシアと長い国境を接するフィンランドは、隣国からの侵攻への備えとしてシェルター整備を進めてきている。シェルターは、平時はスポーツ施設や駐車場等として民間業者に貸し出すことで収益化し、維持管理を図るとともに、有事の際には避難者を受け入れることとなっている。
[7]ここでいう「AI主権」とは、全面的な国産化でも全面的な他国依存でもなく、領域毎の必要性に応じた戦略的設計概念に基づき、我が国としての自律的なAI利活用のために必要な基盤へのアクセスを確保していくものである。
[8]Government-Owned, Contractor-Operated (国有施設民間操業)の略称。政府が施設(工場、設備等)を取得・保有し、物資の生産や施設の管理を、国の事業として民間事業者に委託すること。