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コラム

地域の力が再建のカギ

支援物資を積んだトラックから車いすを運び出す西村明宏宮城県第3選挙区支部長(中央)
支援物資を積んだトラックから車いすを運び出す西村明宏宮城県第3選挙区支部長(中央)

住民と復旧・復興に取り組む

 巨大地震が発生する直前まで、私の選挙区である名取市の仙台空港の近くで活動していましたが、たまたま選挙区支部の事務所へ戻ったときに、大きな揺れがおそってきました。直ちに事務所のスタッフやボランティアを避難させ、幸いにもけが人を出すことは免れました。

 津波が名取市を襲ったのは地震発生から約1時間後です。沿岸部では想定を超えた津波から逃げ遅れた方も多く、消防団員のなかにはお年寄りや子供を避難させるなか、津波にのみ込まれた方もおられます。

 巨大地震が発生する直前まで、私の選挙区である名取市の仙台空港の近くで活動していましたが、たまたま選挙区支部の事務所へ戻ったときに、大きな揺れがおそってきました。直ちに事務所のスタッフやボランティアを避難させ、幸いにもけが人を出すことは免れました。

 被災直後から、避難所に食料や水など、生きるために最低限必要な物資を配給する活動をしていました。避難所のなかには火気を使用できない所もあり、せっかく即席ラーメンがあっても、お湯がないため食べられないケースもありました。

 3日目に選挙区支部の事務所の外にある蛇口から近隣で最も早く水が出るようになりました。その時から事務所は24時間体制の給水所となりました。給水車も回ってきましたが、1人当たりの制限があったため、事務所の前は長蛇の列となりました。

 同じころ、避難所で泣きやまない赤ちゃんを抱え、周囲に申し訳なさそうにしていた母親のみなさんがたくさんいました。そこで、こうした家族のために選挙区支部の事務所を乳幼児の避難所として開放し、利用してもらうことにしました。

 初めのうちは支援物資を公設避難所に届けていましたが、自治体が把握していない小規模の私設避難所や自宅で避難している方には届いていないことが分かりました。

 このため、選挙区支部に全国から寄せられた支援物資をこうした避難所に届けることにしました。自宅で避難する方には各地域のリーダーに段ボール20箱ぐらいの支援物資を渡して必要とする方に配ってもらいました。

 現在、避難所で暮らす方は震災直後と比べるとかなり減っています。しかし、被害が大きい地域では自宅が跡形もなくなっているため、依然として多くの方がプライバシーのない避難所での生活を余儀なくされています。

 こうした方々が一刻も早く元の生活に戻れるよう政府は万策を講じるべきですが、政府の対応は迅速さに欠けています。

絆 通信

 東日本巨大地震・津波は東北地方を中心に未曽有の被害をもたらし、発生から2カ月以上たった今でも大きな爪痕が残されています。こうした被災地を選挙区とする西村明宏宮城県第3選挙区支部長は今まで、地域の人たちと復旧・復興に取り組んできました。現在の状況と、今後の課題はなにか。現場の声として西村支部長に語ってもらいました。

西村 明宏

  • 宮城県第3選挙区
  • 支部長
  • 西村 明宏

 

選挙区支部の事務所2階を開放し、乳幼児を持つ家族に避難所として利用してもらった
選挙区支部の事務所2階を開放し、乳幼児を持つ家族に避難所として利用してもらった
宮城県山元町役場では災害情報を流すため臨時に開局したFM局「りんごラジオ」で町民に語りかけた
宮城県山元町役場では災害情報を流すため臨時に開局したFM局「りんごラジオ」で町民に語りかけた

政府は被災地の現状を的確に把握し、
きめ細かな再建策を

政府の対応は迅速さに欠ける

 政府はもっと被災地の現状を的確に把握し、きめ細かな生活再建策を講じてほしいと思います。

 仮設住宅にしても、いまだ政府から詳細な計画が示されず建設は一向に進んでいません。避難所で暮らす方々は1カ月後、半年後の生活がどのようになるか分からず大きな不安を抱いています。

 被災地の基幹産業は農林水産業ですが、田んぼに海水が残り塩害が広がっています。ところが、政府の農業再建策がなかなか示されませんでした。もし、自力 で田んぼの再生に取りかかった後、政府が田んぼを買い上げる方針が決まったらお金や労力が無駄になるので、なにもできない状態が続いてしまいます。

 また、こんなことがありました。内陸部のある自動車部品工場が沿岸部の工場が倒壊したので、その不足分を補うため増産することにしました。増産すると電 力不足が生じるので自家発電設備を購入しようとすると、政府から「待った」がかかったのです。再度、かけ合いようやく認められましたが、政府が柔軟に対応 すれば、こうした時間のムダを生じなくて済んだはずです。

 一方、合板(ベニヤ板)や断熱材などを生産した工場が被災したため、全国的に建設資材の不足が生じています。このため、被災地で半壊や被害の軽微な住宅 の修繕ができないでいます。政府は1人でも多くの人が避難所から自宅に戻れるよう被災地には優先的に資材を供給してほしいと思います。

 また、がれきの撤去も大きな課題です。自治体から依頼を受けた地元の建設業者が重機でがれきを取り去り、既に撤去が完了した地域もあります。

 しかし、大きな被害を受けた地域は作業にあたる建設業者がおらず自衛隊が不休で撤去作業をしています。今でも、泥や土砂の中からご遺体が発見されることがあります。

 被災地はまだ将来が見えない状態が続いています。しかし、毎日のように地域の絆を感じております。そして、そこには希望の光があります。

 全国から、海外から様々な支援や激励をいただきました。この絆こそが再建の鍵だと思います。私は絆を政治の原点として、これからも被災地の復旧・復興に尽力する決意です。

 (近藤三津枝・党新聞出版局長が取材)

 

機関紙「自由民主」2461号掲載

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