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幹事長記者会見

石破茂幹事長記者会見(役員連絡会後)

平成26年2月14日(金)10:35~10:55
於:院内平河クラブ会見場

冒頭発言

石破 茂幹事長

【佐藤勉国対委員長発言】

予算委員会の現状の報告と「予算を早く上げる」との発言があった。

【高市早苗政調会長発言】

「教育委員会のあり方等々は、党内議論をさらに充実したものにしたい」
「予算関連法案は、今日の閣議までが締め切りであったので、党内審査を了した」

質疑応答

NHKの西井です。今日の役員連絡会の前に、大阪府連の方々と会談されましたけども、市長選挙に対応について、どのような話をされたのですか。

大阪の現状というものをよく承りました。特に、ここで市長選挙をやる意義はあるのだろうかという、根本のお話です。二元代表制ですので、これは、議会は有権者の、主権者の代表であり、首長もその形をとっています。で、また、そこが、議院内閣制をとっております国政との違いであり、ここで市長選挙を行って、仮にまた(橋下市長が)当選をするということになっても、二元代表制の一方である議会の構成が変わるものではありません。そうすると、この選挙の意義は一体どこにあるのだというお話、あるいは、よく言われている二重行政の問題、今国会において、地方自治法の改正が行われると、二重行政というもののほとんどが除去される。ましてや、大阪の場合、二重行政の主体たる府、あるいは市が、同じ党の首長によって構成をされているわけであって、そうすれば、二重行政は、都構想を持ち出さなくても、一番の眼目たる二重行政の排除というものはできるのではないか等々、私どもとして、あるいは大阪府連として、このように考えるというようなお話がありました。最終的に、本日、辞職願が議会に提出をされる。それがどういう扱いになるか、今の時点で予見できることではありません。そういたしますと、これがどういう結論になるかというものを見定め、私どもの対応を最終的に決定したいということです。
わが党として、東京都もそうでしたが、地方組織と党中央の見解が異なるようなことはいたしません。地方が考えていることは、党中央としても同じ考えであるということで、地方と中央との意識の齟齬がないようにやってまいりたいということで、今日は会合を了したところです。

NHKの西井です。仮に、府連としての方針を決めた場合には、それは基本的には、党本部としては了承するということでしょうか。
ですから、党本部として、この点についてはどうなのかということは、きちんとお尋ねし、腹蔵ない意見交換し、では、党と中央と府連において、考え方がきちんと一致したということを実現するべく、「もうこれでおしまい」、あるいは、地元がこう決めたので、「はいはい、党本部は何ら議論もせずにそれを了といたします」というようなこともいたしません。これは、東京の場合も一緒です。
朝日新聞の三輪です。大阪市長選挙に、昨日も立候補したいという意向を示している方が記者会見もされており、無投票ではなく、おそらく選挙にはなると思われます。その中でも、候補者を出さないのであれば、それが党のスタンスを有権者にきちんと説明するお考えなのですか。
仮に、まだ断定する段階ではありませんが、出さないということで、大阪も中央も一致をするということになったとするならば、なぜだということをきちんと説明できるということは、最低限必要だと思っております。
テレビ朝日の高松です。昨日の総務会で、安倍総理の予算委員会における集団的自衛権の憲法解釈に関する発言について、複数の先生方から異論が相次いだようですが、幹事長のご所見をお聞かせください。

総務会冒頭だったと思いますが、村上誠一郎総務から、「私(安倍総理)が最終責任者なのだ。それによって選挙に勝つということであれば、それは、最終責任者である自分の考え方が支持されたということだということは、おかしいのではないか」という発言があったと記憶しております。その後、船田元総務から、「そういうことがドンドン通るということになれば、憲法改正を任務としてやっている憲法改正推進本部というものの仕事がなくなってしまう」というようなお話がありました。それは、新聞に書いてあるように、異論噴出とかそういう話ではなくて、そういう発言が2人の総務からあり、その後、それについて、いろいろな議論が戦わされたものではありませんでした。それは事実としてそういうことです。
その上で、私も、総理の発言の前後を全部聞いているわけではありませんので、論評するに十分な資料を持ち合わせているわけではありませんが、この集団的自衛権の行使というものはどういう性質なのだろうかということです。そしてまた立憲主義とは何なのかということです。すべての憲法が立憲主義をとっているわけではなくて、いわゆる、絶対王制の下でも、そういう憲法があったのかもしれないし、一党独裁みたいなところでも憲法はあるということですが、それは、憲法があるというだけのお話で、立憲主義の中身が、この憲法が国家権力というものを、きちんと統制をし、個人の権利というものを守るものイコール立憲主義とすると、それは、今度の集団的自衛権の議論というものは、個人の権利というものが国家の横暴からきちんと守られるということとは少し性質を異にしたものではないのだろうかという気がいたします。でそうすると、これは、私も、教科書を全部、今おさらいをしているところですが、そもそも立憲主義とは何であるかということについて、共通の理解をした上で議論しないと、共通の理解がないままに、これは立憲主義に反するのだとか、いやいや合致したものだとかをお話をしても、共通の理解がないままに議論をしていても、それはあまり内容を伴う議論だとは、私は理解いたしません。
それから、もう1つは、この集団的自衛権の行使容認というものが、どのように今まで否定されてきたかということ、今までの国会の答弁を全部私も見ましたが、ロジカルに、かくかくしかじか、こういうわけで集団的自衛権の行使は容認できないという答弁は1つも見つかっておりません。これはお読みいただければわかる通りです。「憲法9条全体の趣旨から言って」というような答弁はありますが、ロジカルに、かくかくしかじかというものを論証したものはありません。そうなってくると、この集団的自衛権行使容認不可というものが、ロジカルに導き出されたものなのか、それとも政策論で導き出されたものに、後から憲法解釈というものを全体の趣旨からというような形で一体とさせたものなのかということは、そこは価値観を交えずに、論理的にきちんと突き詰められることが必要だと私自身は思っているところです。
ですから、党内に異論噴出というような見方をするのではなくて、そもそも立憲主義とはいかなるものであるか、行使容認不可というものはどのように導き出されたものであるのかという事実の検証の上で、この問題はさらに論じられるべきものだと思っております。総理があのように答弁されたということは、別に立憲主義をないがしろにしたということではなく、総理大臣がこう言えば何でもできるという話ではなく、それを、これは前から私が申し上げていることですが、ある人は、集団的自衛権行使は合憲だと叫び、次の総理がそんなものはだめだと言った場合には、これは法的安定性が全く担保されないということになります。いずれにしても、容認するとすれば、それはきちんとした、それを裏付ける法律というものが必要である。そして、その法律が可決、成立をし、その後の選挙によって、それがきちんと承認される。私どもとして、行使容認というものを掲げて、総選挙を戦っております。あるいは、行使容認というものを掲げて、参議院選挙を戦っております。ですから、総理大臣が言えば、何でもできるというようなことを総理は言ったわけではない。それは、きちんとした法律の裏付けが必要であり、そして、主権者たる国民の信任が必要だ。そうすると、法律改正によって、憲法改正という高いハードルによらずして、そういうことが可能になるのかという論点が出てくるわけです。そうなった場合に、話は戻りますが、これが政策論であるのかどうなのかということが問われる、理論的にはそういうような整理になってまいります。ですから、私は総理の発言が、立憲主義をないがしろにし、自分が決めれば何でもできるというような、一部曲解されているような発言だとは理解いたしておりません。すいませんが、この週末に、立憲主義について、もう一度全ての文献というものは読んでみたいと思いますので、また、改めてご質問にお答えする機会があればと思っております。

朝日新聞の三輪です。そうすると、集団的自衛権の行使を容認するにしても、きちんと国会で歯止めが必要ということで、法律で保障する方向の議論を自民党としては求めていると思います。今の感じとしては、国家安全保障基本法を成立させることによって、集団的自衛権の行使も容認するという道筋で、お考えなのですか。
それは、国家安全保障基本法というスタイルをとるか、それとも自衛隊法の改正、あるいはそれに関連して、いわゆる有事法制といわれる法の系列、あるいは周辺事態法で、相当膨大な法体系になろうかと思います。これが、国家安全保障基本法というスタイルをとるか、それともそれぞれの法律を改正するというスタイルをとるか、これはどっちになるか、ここはこれから政府と与党とのお話になろうかと思います。ただ、国家安全保障基本法は、集団的自衛権のみを書いたものではありません。その他にも、いろいろな国家の政策というものが、安全保障というものを念頭に置いて決められるべきものであるというようなことも書き記したものでして、国家安全保障基本法の成立の必要性は、党としていささかも変わっているものではありませんが、集団的自衛権行使容認に当たって、どの法のスタイルをとるかということは、これから党と政府とのお話し合いになります。
北海道新聞の森です。昨日の総務会では、集団的自衛権行使容認の方法論、解釈変更ということについても提言があったかと思います。今後、党内協議のやり直しとか、あるいはもう一度、その方法論について党内でまとめるというような、そういうお考えというのはないのですか。

これは、一昨年の総選挙の前に、党の公約という形で決まったものです。これは正式に党の手続きを踏んで公約として打ち出されたものですので、これを変更する考えは全くありません。つまり、それを掲げて当選をしているわけです。自民党の公約をパッケージとして、それを実現するために、有権者にそれを訴えて当選した。これは小選挙区制度の眼目の1つでもあります。「党の公約はこうだが、自分は反対だ」というようなことであれば、それはもう党の公約というものは意味を持ちません。今後、党内でそれをやり直せということの議論が出れば話は別ですが、今のところ、そういうような話があるとは聞いておりません。党の公約はそれだけ重いものであり、党の公約の制定過程において、ここは全ての議員が参加できるものです。一部の議員だけで勝手に決めて、勝手に党の手続きを踏み、オーソライズしたということではありませんし、ましてや、この集団的自衛権に関しては、もうトータルすれば10年に近い議論がずっと続いてまいりました。誰が参加しても良いという形で、誰がどこでどんな意見を述べても良いということでやってまいりました。それによって決まったものですので、そこに参加する機会というものは、全ての議員に保障されているものです。ですから、そこは、党の公約というものはどのように決まっていくかということは、自由民主党に籍を置く者であれば、全てが理解しなければならないことであります。

北海道新聞の森です。そうしますと、解釈変更ということでなくて、憲法改正もあると思うのですが、総理がそれでも解釈変更という形にこだわれば、党としては反対するのですか。
こだわるというのはどういうことでしょうか。
北海道新聞の森です。解釈変更の形で、集団的自衛権の行使容認を実現しようと、総理がお考えになった場合、党は解釈変更という形によらず、「必要最小限の範囲内」との論理構成をしていたと思いますが、その手法については反対されるということでしょうか。

そこはこれからのお話し合いだということを、先ほど申し上げた通りです。それからそれが、解釈というのは、必要最小限が解釈なのであるということでピン止めをして、そこへ集団的自衛権が入ってくる。なぜならば、集団的自衛権行使不可ということが解釈なのではなくて、必要最小限があくまで解釈なのだ、そこへ集団的自衛権が入ってくるようになったと言っても、それは解釈変更にはあたらないというのが党の考え方です。総理は、「いや、解釈変更なのだ」とおっしゃっておられるわけで、どちらの道をとるにしても、集団的自衛権行使容認という方向性が変わるものではありません。集団的自衛権行使を可能とするためには、憲法そのものを変えなければいけないという考え方も一部にあります。しかし、それは党としてとっておりません。憲法改正を必要としない、しかし集団的自衛権行使を容認するということの2点において、総理と私どもが異なっているわけではありませんので、そこは私として、政府と、なかんずく総理とよくお話をする。そして、これは極めて機微にわたるお話ですので、法制局は内閣に属しており、私どもは法制局と直接議論をするという立場にはありませんが、当然、法制局の意見というのも承ってきながら、やっていかなければならない。これは最重要課題であるという認識は持っております。

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