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党大会

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平成24年概観

平成24年は、政権を失ってから3年3カ月ぶりに、政権復帰を果たすことができた喜びと責任を重く自覚した年となった。
政権交代以降の3年3カ月間、民主党の政権担当能力の欠如による稚拙な国家運営によって、内政・外交上の数々の失敗が惹起され、国益は棄損され続けてきた。
第180回通常国会では、社会保障と税の一体改革がメインテーマとなった。
野田総理が、マニフェスト違反である消費税引き上げを主張したのに対し、わが党は、消費税引き上げの重要性は理解しつつも、「民主党に、消費税の増税を提起する資格はなく、政権の正統性、議会制民主主義の観点からも、国民に信を問うのが先である」と国民に対する謝罪を強く求めた。与野党協議を進める中で、民主党は、わが党の「社会保障制度改革推進法案」の考え方を受け入れ、6月15日、自民党・公明党・民主党の三党は、「社会保障と税の一体改革関連法案」について合意し、6月26日の衆議院本会議で可決した。その際、民主党議員内から多くの造反者を出し、離党者も相次ぎ、民主党はもはや政党としての体をなさない状態に陥った。参議院の審議で、一時は、三党合意は頓挫しかけたが、8月8日の三党党首会談で、「法案成立後、近いうちに国民の信を問う」ことで合意し、8月10日の参議院本会議で成立した。
この国会でも、民主党は「特例公債法」や「選挙制度改革法」などの重要法案を全野党の意向を無視して衆議院で強行採決し、参議院で否決され廃案とするなど、横暴な国会運営を行った。「決められない政治」の原因は、政府与党にあることは明白であった。

通常国会終了後の9月14日、任期満了による総裁選挙が告示され、安倍晋三衆議院議員、石破茂衆議院議員、町村孝衆議院議員、石原伸晃衆議院議員、林芳正参議院議員が立候補した。「日本を、取り戻す。」をキャッチフレーズに、全国遊説やテレビ出演、ネット中継を行い、積極的に自民党の主張を展開した。9月26日に投開票が行われ、1回目の投票では過半数を獲得した候補がおらず、石破茂候補、安倍晋三候補による決選投票が行われた。その結果、安倍晋三候補が第25代総裁に選出された。総裁経験者が再び就任したのは、立党以来、初めてのことであった。

安倍新総裁は同月28日に、高村正彦副総裁、石破茂幹事長、細田博之総務会長、甘利明政務調査会長をはじめとする党役員人事を決定し、中曽根弘文参議院議員会長、溝手顕正参議院幹事長とともに、新執行部をスタートさせた。
10月29日に召集された第181回臨時国会では、「近いうちに国民の信を問う」との合意を実行しない野田総理に、わが党は公党間の約束を守るよう主張した。その結果、11月14日の党首討論で、野田総理は特例公債法成立と次期国会での衆議院議員定数削減を条件に衆議院を解散することを表明した。11月16日に解散され、12月4日公示、16日投開票の日程で第46回衆議院議員総選挙が施行された。

選挙戦では、安倍総裁・石破幹事長を先頭に、震災復興、経済・教育・外交の再生などを訴え、わが党は小選挙区237議席、比例代表57議席、計294議席を獲得し、自民・公明両党で衆議院の3分の2を超える議席を獲得することができた。中でも、新人候補が健闘し、115名(参議院議員経験者を除く)が当選した。しかしながら、議席数に反して、前回の総選挙と比べ、得票数自体は伸びておらず、比例代表の議席も前回並みであったことを鑑みれば、今回の選挙結果は、わが党への積極的な支持によってもたらされたものではなく、民主党政権に対する失望感、第三極とよばれる勢力への懐疑的な有権者の判断があったと思われ、今年夏の第23回参議院議員通常選挙に向け、課題を残した。
12月25日、安倍総裁は、党役員改選を行い、高村副総裁、石破幹事長を再任し、新たに野田聖子総務会長、高市早苗政務調査会長を指名した。また、選挙対策局長を党四役として「選挙対策委員長」に格上げし、委員長に河村建夫衆議院議員を指名した。

翌26日、第182回特別国会において、安倍総裁が第96代内閣総理大臣に指名され、第二次安倍内閣が発足した。安倍総理は、就任直後の記者会見で、経済再生、復興、危機管理に取り組むことを明言し、特に大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略の「三本の矢」で経済政策を進め、デフレ脱却を目指していく方針を打ち出した。その後の平成24年度補正予算、25年度本予算編成など、スピード感を持った決断による着実な実行により、第二次安倍政権に対する国民や市場、国際社会からの期待が高まっているところである。

主な選挙結果

「日本を、取り戻す。」戦いと位置付けた第46回衆議院議員総選挙が12月に行われた。わが党は公示前の118議席から、総選挙で獲得した議席としては、立党以来4番目に多い294議席(小選挙区237議席、比例代表57議席)へと圧倒的勝利を収め、3年3カ月ぶりに政権を奪還した。

小選挙区での勝利数は過去最多となり、推薦候補を含めて21道県で全議席を独占したうえ、前回(平成21年総選挙)は小選挙区で全敗した13県でも議席を獲得した。一方で、得票数は小選挙区2,564万票、比例代表1,662万票と歴史的惨敗を喫した平成21年をいずれも下回るなど本格的な党勢回復に課題を残した。わが党は政権与党として国政に邁進し、一つひとつ課題を解決することで、国民の信頼を勝ち得る努力をしなければならない。

10月に行われた衆議院鹿児島県第3区補欠選挙は、元職の宮路和明氏が民主党、国民新党が支援する新人との与野党対決を制した。安倍晋三新総裁となり初めての国政選挙であり、「政権奪還の前哨戦」として注目された。選挙戦は党本部と県連が総力戦を展開し、有権者一人ひとりに支持を訴え勝利し、早期解散への足掛かりをつかんだ。

一方、知事および政令市長選挙は9都県市で行われ、全ての選挙において、わが党が推薦、支援した候補が勝利した。
知事選挙は、熊本県、鹿児島県、山口県、新潟県、富山県、岡山県、栃木県、東京都の8都県で行われた。国のエネルギー政策などが絡み、全国的に注目を集めた山口県知事選挙は、わが党が推薦した元内閣官房地域活性化統合事務局長の山本繁太郎氏が、脱原発などを訴えた第三極系候補らとの対決を制した。また前職の辞職に伴い衆議院総選挙と同日選で行われた東京都知事選挙は、わが党が支援した前副知事の猪瀬直樹氏が個人では国政、地方選挙を通じ過去最多となる433万余の得票で圧勝。政令市長選挙は京都市のみで行われ、わが党が推薦した現職の門川大作氏が共産党候補を破り再選を果たした。
本年は4月の参議院山口県選挙区補欠選挙をはじめ、山形県、岐阜県、千葉県、秋田県、静岡県、兵庫県、茨城県、宮城県、広島県の9県知事選挙及び名古屋市、さいたま市、千葉市、仙台市、横浜市、堺市、岡山市、川崎市、神戸市の9政令市長選挙、また6月には東京都議会議員選挙など数多くの重要な選挙が行われる。

そして今夏には、わが国の命運を決する第23回参議院議員通常選挙が行われる。わが党は、「真に国民から信頼を得て、強い日本を創る」との基本的な考えに立ち、公明党とあわせて参議院過半数を必ず獲得し、安定政権を創るため、安倍総裁のもと、党員・党友が一致結束し、盤石の選挙態勢を築き、是が非でも勝利する決意である。

政策活動

はじめに
昨年は、野党であるわが党の主導によって消費税引上げ法案が成立、そして政権奪還が実現するという画期的な年であった。
長引く円高・デフレによって、わが国経済は低迷が続き、国民は重苦しい閉塞感に包まれたままであり、わが党はこれを払拭し、日本の危機を突破するためには、「政権交代」が不可欠であるとの信念のもと、一貫して野田総理に対して解散総選挙を求めてきた。
わが党はかねてより財政危機を訴え、3年前の参議院通常選挙でも消費税引き上げの必要性を公約し、国民の皆さんに理解を求めてきたところである。野田総理も財政健全化の必要性を認識され、国会答弁でも消費税の引き上げに政治生命をかける旨を表明した。
その後の政局は、消費税問題を中心として進むこととなり、紆余曲折を経た後、消費税引き上げ法案採決の最終局面において、民主党が分裂。さらに政局が混迷する中、昨年11月突如、野田総理が衆議院を解散し第46回衆議院議員総選挙が施行された。
その結果、迷走を続けた3年3カ月間の民主党政権が終焉し、わが党が再び政権に復帰、その重責を担うこととなった。
昨年1年における具体的な政策活動は以下の通りである。

平成24年度当初予算への対応
わが党は責任野党として、民主党政府の提出する予算案に対しては、バラマキ予算等を厳しく批判する考え方をまとめ「正すべきポイント」として毎年、発表してきた。
政権奪還を目指す昨年は、単に政府案を批判するだけでなく、"わが党が政権に復帰したらこんな予算をつくる"との意思を明確に表明し、具体的な政策を盛り込んだ『わが党の政策ビジョンと平成24年度予算』を発表した。

東日本大震災からの復興加速
大震災から1年が経過、わが党は改めて復興の加速を決意し、3月3日には、谷垣禎一総裁が被災地を訪れた。谷垣総裁はその際の会見で、これまでの「復興対策本部」を「東日本大震災復興加速化本部」と改組するとともに、同日、『復興加速化のための10の方策』を発表した。
4月には、全国政調会長会議を被災地の宮城県仙台市で開催し、遅々として進まないがれき処理の現場を視察するとともに、現地復興庁を訪問し意見交換を行った。
その後もわが党は『がれき処理加速化の提言』(4/13)を発表するとともに、福島の復興に特化した『一日も早い福島復興のための提言』(5/15)を発表し、即時、政府に申し入れるなど責任野党として全力を尽くした。

災害対策と国土強靭化への取組み
平成24年も多くの自然災害が発生し、党として迅速に対応を取ってきた。2月の日本海側を中心に甚大な被害をもたらした豪雪について、塩谷立総務会長を団長とする視察団を青森県および秋田県に派遣した。この視察報告を踏まえ、2月10日には官邸に対して豪雪対策に関する緊急申し入れを行った。
5月に北関東にて発生した竜巻に関しては、谷垣禎一総裁を団長とした視察団が茨城県・栃木県を訪れ、被害状況の迅速な把握に努めた。この視察の報告を踏まえ、5月11日には官邸に復旧の支援要請の申し入れを行った。
さらに、7月に九州地方を中心に相次いだ豪雨災害に関しては、被害の大きかった熊本県ならびに大分県に谷垣総裁が視察。官邸に対し、豪雨被害からの迅速な復旧・復興対応を求めて申し入れた。
わが党は災害に対して即時即応し、被災地の視察を実施するとともに、適宜、官邸に申し入れを行った。

社会保障と税の一体改革の推進
わが国の国と地方の借金は900兆円を超え、財政の健全化は避けられない重大な政治課題となった。加えて、社会保障費は毎年1兆円も増え続け、昨年は「社会保障と税の一体改革」の取り組みは待ったなしとなった。
このため、消費税の引き上げが政治日程の中心になる中、消費税引き上げに決意を示していた野田総理は、社会保障と税の一体改革の三党協議を求めた。自民・公明・民主の三党は、精力的に協議をすすめ、6月15日、「社会保障・税一体改革に関する確認書」として三党合意がなされ、野党であるわが党が主導する形で、歴史に残る消費税引き上げ法案の成立が実現した。

解散総選挙に向け政権公約の作成
常在戦場の言葉の通り、わが党はいつ解散があっても対応できるよう、公約の準備を進めてきた。4月に開催された全国政調会長会議において、政権公約パンフレットの原案を示し、公約作成に向けて実質的な議論を開始した。
3年前の参議院選挙時から、わが党は民主党政権によって破壊された経済・教育・外交の再生を訴えてきたが、安倍新体制の発足によって、この三大政策を中心に公約を取りまとめていく方針が改めて示された。調査会や特命委員会などにおいて政策論議が活発に行われ、取りまとめられた政策は総選挙における政権公約の柱となっていった。

1)経済の再生
政務調査会に「経済・財政・金融政策調査会」を発足させ、政府や有識者からのヒアリング等、21回にもわたる議論を行い、(1)財政健全化と円高・デフレ・産業空洞化の克服、(2)日本経済再生・競争力強化法の制定による企業活動環境の整備の2本柱で構成される『日本経済再生プラン~「産業投資立国」と「価値の創造拠点」を目指して~』を取りまとめた。
さらに、総裁選挙後、安倍総裁の下、新たに総裁直属機関である「日本経済再生本部」を立ち上げ、前述の『日本経済再生プラン』をさらに、進化・具現化させるべく、ノーベル医学・生理学賞を受賞した山中伸弥京都大学教授ら有識者等との議論を踏まえ、「縮小均衡の分配政策」から「成長による富の創出」を基本方針とした『日本経済再生本部中間とりまとめ(骨子)』を行った。この取りまとめは、そのまま政権公約の柱となり、選挙戦を通じてわが党の経済政策の基本的な考え方となった。

2)教育の再生
第一次安倍政権の平成18年、約60年ぶりに教育基本法が改正された。しかし、民主党への政権交代によって、改正教育基本法の理念に基づいた改革は遅々として進まず、一日も早い教育再生が望まれていた。
安倍総裁は、就任直後に「教育再生実行本部」を設置し、具体的な政策提言の取りまとめを指示した。教育再生実行本部では、分科会を設けて真剣な議論が行われ、最終的な提言では、日本の将来を担う子供たちは国の一番の宝とし、世界トップレベルの学力と規範意識の高揚、そして歴史や文化を尊重する態度を育むために「教育再生」を実行すると明記した。
具体的には、6・3・3・4制を見直す「平成の学制大改革」の実施、幼児教育の無償化への取り組み、9月入学など大学改革の実施、教育委員会制度の抜本的改革、教科書検定基準の改善、「いじめ防止対策基本法」の制定などが盛り込まれた。

3)外交の再生
民主党政権の3年3カ月、外交・安全保障政策の迷走には、目に余るものがあり、わが国の外交・安保政策の基本をなす日米関係の悪化は、まさに国益に反するものであった。
わが党の外交・安保政策は一貫しており、政権公約には、国民の生命・領土・美しい海を断固として守り抜くため、防衛力を強化するとともに、日米同盟を基軸とした戦略的な外交をダイナミックに展開していくことを明記した。また、拉致問題の完全解決と核・ミサイル問題の早期解決に全力を傾注することとした。

4)エネルギーの安定供給に向けた取り組み
東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所事故は、わが国原子力政策のあり方を含めエネルギー政策の転換を迫られることとなった。わが党においても「総合エネルギー政策特命委員会」を発足させ、再生可能エネルギーの集中導入の議論を皮切りに、今後の原子力政策のあり方を中心として、エネルギーのベストミックス、過去のわが党のエネルギー政策の検証、放射性廃棄物処理及び核燃料サイクルのあり方などの諸課題に対し、有識者との意見交換や時には議員同士の意見交換等を精力的に43回もの会議を開催した。そして、2月15日には『総合エネルギー政策特命委員会中間報告』、5月29日には中間報告を深化させた『総合エネルギー政策特命委員会とりまとめ』を発表した。
『総合エネルギー政策特命委員会とりまとめ』の基本方針は、原発を中心とするエネルギー供給においては「安全第一主義の徹底」とともに、再生可能エネルギーの徹底導入等「全てのエネルギーの可能性の徹底的掘り起こし」、国民生活や産業活動に影響を与えないよう「現在および後世の国民生活に責任の持てるエネルギー戦略の確立」である。特に、原子力発電の再稼働については、「安全第一主義を徹底し、今後は、原発の安全性に関しては専門家を中心とする規制委員会の判断に委ねる」とし、さらに、中長期の課題としての電源構成のベストミックスについては、「判断の先送りは避けつつ、遅くとも10年以内には将来にわたって確立する」とした。

政策セミナーの開催
平成22年から、三年連続で、党大会前日に「政策セミナー」を開催した。昨年は、『次代を担う子どもたち、健やかに逞しく』をタイトルに子育て問題、『国土強靭化で日本を強くしなやかに』として国土強靭化、そして『日本経済再構築への道』とのタイトルで経済問題を取り上げた。それぞれ専門家を招きパネルディスカッション形式で開催し、ネットでの一般参加者をはじめ多くの方々にご参加いただき、三会場とも大盛況となった。

安倍新総裁のもと一致結束し、新たなスタート
安倍新内閣が迎えた最初の課題は、緊急経済対策を柱とする補正予算の編成と平成25年度税制改正及び当初予算の編成であった。このために、組閣とほぼ同時に政調会人事を行い、即刻、予算編成に着手した。これらの予算は、各部会において新年早々から議論が開始され、例年にないスピード決定されることとなった。

わが党が今なすべきことは、昨年の総選挙で国民の皆さんに約束した『政権公約』を着実に実施することである。まず復興、そして日本経済の再生、教育の再生、外交の再生、暮らしの再生を成し遂げ、その先にある「たくましく、やさしく、誇りある日本」を目指していく。
われわれは、一致結束して安倍内閣を支え、一日も早い日本再生に向け全身全霊を賭して邁進して行く決意である。

組織活動

組織運動本部では「衆議院総選挙が平成24年中に確実に行われる」との共通認識のもと、全ての活動を総選挙勝利に傾注した。
平成21年の総選挙敗北後、党所属国会議員が全国各地へと足を運び、地域の人々と直接膝を交え対話を重ねるという立党の原点に立ち返ることを目的に開始された「マイクのいらない集会-ふるさと対話」は、平成24年までに123選挙区430カ所で開催するに至った。

事業開始当初より、非現職や新人の選挙区支部長に集会開催を積極的に督励するなど、党組織再生の一助となるよう事業を実施してきたことは、わが党の政権復帰において一定の役割を果たす事となった。
団体総局では、衆議院総選挙での勝利なくして「日本を、取り戻す。」ことはできないとの危機感を持ち、全員が結束して活動した。

まず、「われわれは野党である」という認識の下、2月~4月を中心に、平成24年度予算・税制改正・一般政策要望を提出していただいた団体に対し、より丁寧な対応をするため、関係団体委員長が延べ175団体を訪問し、党の考え方をフィードバックした。
また、並行して各種団体協議会加盟団体の新規獲得運動も行い、新たに20団体の獲得に成功した。
さらに、2月には「各種団体協議会懇談会」を6回に分けて開催し、225団体295名の方々にご出席をいただいた。膝を交えての忌憚の無い意見交換はさらなる信頼関係の構築に繋がった。
7月~8月にかけては平成25年度概算要求に関する要望聴取のための団体訪問を55団体、11月には新任の関係団体委員長が就任挨拶のために80団体を訪問するなど、衆議院解散まで徹底した団体訪問を行った。

労政局は、党と友好的な労働組合との交流を通じ、わが党の労働政策に対する働く人々の理解を求めるとともに支持基盤の拡大に努めた。その結果、昨年の総選挙においては民主党支援の労組の中にも様々な動きがみられた。

青年局では、毎月11日に東日本大震災の被災地を訪問する「TEAM−11」(チーム・イレブン)を2月に始動した。青年局国会議員や都道府県連青年部・青年局役員が現地に出向き、仮設住宅での対話集会や首長との意見交換、復興現場の視察等を実施。寄せられた意見や要望は党執行部に報告するとともに、国会質問等の機会を通じて政府に申し入れを行った。さらに、被災地支援の一環として、「TEAM−11」のシリコンバンドを製作・販売し、震災で殉職した消防団員・職員の遺児を支援するため、収益の全額を消防育英会に寄附した。
一方で青年党員の研修も強化し、社会保障や領土問題などをテーマに掲げて全国規模の研修会を数回にわたり開催。社会保障制度改革に関する提言を取りまとめ、党執行部に申し入れを行った。また、沖縄の本土復帰40周年にあわせて、青年局国会議員や都道府県連青年部・青年局役員が沖縄に集まり、基地問題をテーマに研修会を開催した。このほか、衆議院総選挙に向け、街頭・広報活動などに精力的に取り組んだほか、学生部活動や国際交流などの活動も継続して実施した。

女性局では、東日本大震災の被災地復興に向けた活動として、全国の女性部(局)長や女性地方議員約80名で谷垣禎一総裁(当時)と共に福島県を訪問し、被災住民と意見交換を行ったほか、風評被害対策として述べ15の支部女性部(局)が被災地視察を実施し、約540名の女性党員が被災地を訪問した。
児童虐待防止を目指した「ハッピーオレンジ運動」では、1万4千を超える回答を得た全国アンケート調査結果を統計学的見地も加えて分析し、政策提言をとりまとめた。政務調査会に申し入れを行った結果、衆議院総選挙の『政権公約』や『総合政策集』に盛り込まれることとなった。また、毎月、月と日が重なる日を「子供を虐待から守る日」と定め、全国各地で街頭活動や勉強会を開催し、啓発活動を展開した。
さらに、新たな事業として立ち上げた党員獲得運動では、地方の女性部(局)員が直接、新規・継続を合わせて1万5千名近い党員を獲得し、新たな女性支持層の拡大に寄与することとなった。

地方組織・議員総局は地方議会と連携してわが党の政策・主張が反映されるよう努めた。東日本大震災で発生したがれきを早期に処理するよう、各都道府県支部連合会に呼びかけ、約80の地方議会で意見書・決議を採択。政府のがれき処理促進に与野党の立場を超えて協力した。
国会議員や職域支部などによる入党促進運動を昨年に引き続き、強力に展開した。

政令指定都市議員連絡協議会では、政令指定都市議会議員連盟の協力のもと、5月14日に堺市において、佐藤正久参議院議員を講師に招き合同総会を開いたほか、11月19日には、総選挙勝利に向けた合同会議を開催。都市部の党勢拡大に向けて積極的な活動を展開した。

遊説局では、衆議院総選挙において、総裁をはじめとする党役員を多数、全国の党公認候補者当選のため各選挙区へと派遣した。

これ以外にも、10月の衆議院議員補欠選挙(鹿児島3区)や8都県(熊本県、鹿児島県、山口県、新潟県、富山県、岡山県、栃木県、東京都)の知事選挙、6月に行われた沖縄県議会議員選挙などの各級選挙に党役員を派遣した。
また、各都道府県支部連合会との共催による政経セミナーや政経懇談会を30道府県で開催し、党役員や文化人を派遣するなど、党本部と地方組織の交流に努めた。

広報活動

民主党政権がもたらした政治の停滞を打破するために、一日も早い解散・総選挙が必要不可欠である。このことを訴え続けた1年となった。従来、選挙時に集中して行われてきた広報活動を、平常時から継続性を持って戦略的に行い、自民党への期待感の醸成に努めた。
9月の総裁選挙では、「日本を、取り戻す。」をキャッチコピーに、政権奪還への強い決意と、自民党の人材の豊富さ、政策力を最大限にアピールした。
衆議院総選挙では、総裁選挙で広がりを見せた"自民党への期待"を更に高める広報活動を徹底し、政権奪還の実現に貢献した。

<広報戦略局>
広報戦略局では、一昨年末より「自民党はどこを目指し、何をする政党なのか」について、原点に戻って検討を重ね、新しいキャッチコピー「一人ひとりを、強く、豊かに。」を決定し、新春ポスターを全国で展開した。
公約の策定にも初期段階から参画し、わかりやすい説明、国民感覚に沿った表現となるよう工夫をし、事前に政権公約のポイントを解説した政策ビラを制作した。
9月の総裁選挙では、民主党政権下で失われた数々の国益を取り戻し、政権を奪還する決意をストレートに表現した、新しいキャッチコピー「日本を、取り戻す。」を発表し、新総裁誕生への期待感の醸成に努めた。総裁選挙後は、安倍総裁・石破幹事長の「ゆるキャラ」デザインを一般から募集し、幅広い層へイメージアップを図った。
12月の総選挙は、限られた予算の中で効率的な広報活動を展開した。安倍総裁と石破幹事長のツーショットポスター、テレビ・ラジオCM、新聞広告、政権公約パンフなどで「日本を、取り戻す。」のキャッチコピーを徹底的に繰り返し、有権者に自民党の政権奪還に向けた熱い想いを訴えた。

<ネットメディア局>
日本の政党で「いちばん」のネット広報を目指して、新しい挑戦を続けてきた結果、自民党は、民間調査において、政党のソーシャルメディア利用度ランキングで総合1位の評価を得るなど、ネット広報における自民党の優位を決定づけた1年であった。
一昨年6月にスタートした動画配信スタジオ「カフェスタ」の1周年記念企画として、「12時間ぶっ続け!まる生自民党」と題する特別番組を配信し、27万人を超える視聴者を獲得し、好評を得た。
Facebookにおいても、自民党の歴代総裁の実績や秘蔵写真をヒストリー形式で掲載するなど工夫を凝らし、日本の政党の中では突出した約3万人の支持を得ている。
総裁選挙においても、ホームページ上で各候補者の日々の活動を細かく情報発信したほか、演説会・討論会等をネット中継し、白熱した議論を広くPRした。
一方、衆議院解散後は、新しい技術や斬新なデザインを使った特設サイトを立ち上げたが、選挙期間中の情報更新が禁止されていたため、ネット活用は限定的であった。
ネットサポーターズクラブは、3月に仙台、6月に高松で公式オフ会を開催し、11月に党本部で総会を開催したほか、党の政策や候補者を紹介する支援活動を行った。

<新聞出版局>
機関紙「自由民主」では総選挙対策企画として、「私の主張」欄で新人選挙区支部長の政策を毎週掲載し紹介したほか、わが党議員が自らの経験を踏まえ、総選挙勝利に向けた心構えや活動のポイントなどを語ったインタビュー記事「激戦に勝利する」を連載した。また、9月実施の総裁選挙では候補者の所見を掲載した号外を発行し、12月の総選挙では政権公約などを掲載した特集号を発行し、それぞれ全国の党員・党友へ発送した。
女性誌『りぶる』は、「特集」でわが党の役員等による政策の解説や、党の活動を伝えることを中心に、各女性局の活動報告や身近なテーマなどを取り上げ、親しまれる誌面づくりに努めた。

<報道局>
報道局では、報道分析会議を定例開催し、テレビの政治報道やネット上の書き込みをチェックすることで、偏向報道や事実に反する情報が報道されていないか、また有権者の政治意識がどのように変化しているかなどを分析し、その結果を広報活動に反映させた。
また、世論形成に多大な影響を持つマスコミに対して、総裁・幹事長会見録を「JIMIN情報サービス」としてメール配信するなど、党の政策や主張が正確に報道されるよう情報提供を行った。そのほか、地方紙との懇談会(総裁)、論説懇談会(政務調査会長)を開催するなどメディアとの連携強化にも努めた。
総裁選挙では、候補者5名のメディア出演、討論会の日程調整を行い、最大限のPR効果が生まれるよう努力した。なお、報道局は、組織改編により12月に広報本部に移管された。

国会活動

平成24年は、3年3カ月の民主党政権に終止符を打ち、わが党が国民の圧倒的な支持を得て政権を奪還した歴史的躍進の年であった。

1月24日に召集された第180回通常国会では、「社会保障と税の一体改革関連法」が成立した。法案提出をめぐって国民新党は分裂し、党代表と政調会長が解任された。わが党は野党の立場でありながら、待ったなしの社会保障と財源問題に正面から向き合い、責任政党として党内を取りまとめたが、民主党は意思決定の手続きが確立しておらず、議論のたびに迷走を繰り返した。野田総理自ら「政治生命をかける」とまで表明し、代議士会で「心から、心から、心から」賛成を懇願したが、6月26日の本会議採決では消費増税に57名もの民主党議員が反対票を投じ、15名(病欠を除く)が棄権か欠席をした。7月には集団離党届(衆38名、参12名)が出され、新党「国民の生活が第一」や他の新会派結成へと連動していった。政権基盤の液状化は、消費増税を前提としないマニフェストを掲げ、甘言を弄して政権交代を遂げた民主党の限界を示すものである。党首たる総理が党内を抑えきれず、民自公三党合意は破棄寸前であったが、8月8日の三党首会談おいて、法案成立後「近いうちに国民に信を問う」ことが確認され、8月10日に関連法案が成立した。

予算委員会は会期冒頭に23年度四次補正予算(2兆5,345億円)が成立し、引き続き24年度予算(90兆3,339億円)の審議に入った。5回の集中審議を含め、総審査約89時間を積み上げるなか、わが党は質疑を通して民主党のマニフェスト破綻や国家運営能力の欠如を浮き彫りにし、昨年の衆議院総選挙で国民が選択した政権の実態や正統性がすっかり瓦解していることを明らかにした。総予算は、全野党反対のなか3月8日に衆議院を通過したが、政府は暫定予算(3兆6,105億円)に追い込まれ、参議院で否決後に両院協議会を経て成立したのは4月5日のことであった。

その他の議案につき、わが党は「児童手当法」「郵政民営化法」「沖縄振興特措法」「福島復興再生特措法」「原子力規制委員会法」などの重要法案で修正協議をリードし、「海上保安庁法」「高齢者雇用安定法」「消費者安全法」「暴力団不当行為防止法」「大阪都構想法」「カネミ油症施策推進法」「C型肝炎救済法」などは国益や国民生活に資する観点から成立に協力した。会期は79日間延長されたが、稚拙な国会運営により法案成立率は過去最低レベルとなった。

この国会においても、多数を背景に横暴な議会運営を繰り返す民主党の姿勢は変わらず、いくつかの法案が強行採決された。特に「衆院選挙制度改革関連法」については、民主主義の土台を形成する最重要法案であるにもかかわらず、民主党が単独で法案を提出し、多数決で付託し、単独審議のうえ採決まで強行した。憲政史上類を見ない暴挙に対する全野党の抗議を黙殺し、調整と打開に動くことなく本会議を開会した横路議長の対応も極めて遺憾であった。野党はそろって倫選特委員長不信任動議を提出したが否決された。

民主党政権の失政は国会審議だけに止まらなかった。外交安保で毅然とした姿勢を取れない民主党政権下では国益を脅かす事件が頻発し、ロシア大統領による国後島上陸、韓国大統領による竹島上陸、香港民間団体による尖閣諸島上陸などが相次いだ。北朝鮮ミサイル発射の際は政府内が混乱し、情報収集と提供、事後対応が後手にまわり、危機管理能力の欠如を内外に晒した。対中農産物輸出事業に関しては、中国人外交官の関与が明らかになり、機密文書の漏洩も発覚した。

内政にあっては、東日本大震災に関わる被災民支援、がれき処理や事業再建などの復興が進まず、計上した予算に多額の使い残しが生じた。歴史的水準に達した円高を放置してデフレを加速させ、大飯原発再稼働では政府発言が二転三転し、地元のみならず国民の不安と不信を招いた。国会事故調の報告書は、福島原発事故が人災であるとし、官邸の過剰介入や場当たり的対応が事態の悪化を招いたものと有識者に指摘された。別の意味での人災が不適格閣僚の任命である。資質に欠ける田中直紀防衛大臣と公職選挙法違反の前田武志国土交通大臣が問責決議案を受けて交代し、疑惑をもたれた大臣も内閣改造ごとに交代させてきた。会期末にあたり野田総理問責決議案が可決されたが、これはまさしく民主党政権3年3カ月間の失政の総括であった。

結局「近いうち」の約束は放置されたまま通常国会が閉じられ、衆議院鹿児島3区補欠選挙では、わが党の候補者が勝利を収めた。
総理が「重く受け止める」とした問責決議に対するケジメもないまま、10月29日に第181回臨時国会が召集され、参議院においては総理の所信表明演説がなされないという異常事態となった。円滑な国会審議に向けての環境整備はせず、一方的に「特例公債法」「選挙制度改革法」の成立と「社会保障国民会議の設置」を迫る民主党に対して野党はそろって硬化したが、政局よりも国家国民を念頭に置いた安倍総裁の決断により、わが党はこれらの実現に協力することになった。総理自身が提示した条件が整い、解散を恐れる民主党内から公然と「野田下ろし」の声が上がるなか、追い込まれた野田総理は11月14日の党首討論において「定数削減の確約があれば16日に解散する」と表明し、「近いうち」発言から3カ月余が過ぎた11月16日、ようやく衆議院が解散された。
この臨時国会において、わが党は国民生活に資する法案や違憲状態を解消する法案の成立に協力したが、解散にともない、政府提出の閣法43件、条約7件が廃案となった。

そもそも民主党政権においては、国家国民を導き、周到な政策を進める資格や能力に欠けていることは明らかであった。鳩山内閣は日米同盟や周辺諸国との信頼関係をことごとく毀損し、東日本大震災後の菅内閣は原発事故対応や復興対策で不手際を繰り返した。国益を損ねて省みない体質は引き継がれ、度重なる領土領海侵犯や原発再稼働など国家主権や国策の根幹に関わる重要事案に対して野田内閣は他人事を決め込み、いささかも指導力を発揮することがなかった。暴力団との交際を認めて辞任した田中慶秋法務大臣、大学新設認可問題で関係者に多大な混乱をもたらした田中眞紀子文部科学大臣、事務所費計上等で疑惑を持たれた前原誠司国家戦略大臣など不適格閣僚の任命、また少子化担当大臣や消費者担当大臣を猫の目のように交代させることなどは、無責任の極みであった。党の綱領もなく政権交代を軸に集まった民主党からは、政策遂行のたびに所属議員が抜け出して新しい会派を結成した。

野田総理の「追い込まれ解散」により、さまざまな政党の離合集散が繰り返されるなか、わが党は12月16日の衆議院総選挙で294議席を獲得して圧勝し、停滞と混乱をもたらし続けた民主党政権を倒した。公明党とともに衆議院における安定した政権基盤を確立し、3年3カ月ぶりに連立政権を樹立することになった。

12月26日に召集された第182回特別国会においては、伊吹文明議長と赤松広隆副議長が選出され、安倍晋三総裁が衆参両院で首班指名を受けて同日に第二次安倍内閣が発足した。

中央政治大学院

中央政治大学院は、国や地方の将来を担う人材を発掘、育成するため、地方政治学校との連携を図り、講師の派遣など積極的に支援を行ってきた。地方政治学校は平成24年末までに26都道府県連に設置され、延べ1,500名を超える受講生が学んだ。第46回衆議院議員総選挙においては、全国の受講者(修了生)の中から20名を超える当選者を輩出するなど、着実な実績をあげている。
また、立党55年を記念して設立した「まなびとプロジェクト-異業種勉強会との交流-」「スコラ」も継続して開催した。わが党と全く縁の無かった社会人や学生たちが、党役員との交流を通じて、わが党への理解を深めるなど、1年間で延べ500名を超える参加者と交流することができた。
更に昨年2月と6月、大学生を対象とした「まなびとユース政経ワークショップ」を開催した。第一線で活躍する社会人との交流を通じて、各分野への見識を深めることを目的としたもの。特に6月には、市ヶ谷の防衛省を訪問し、現職自衛官から国防政策に関する実情を学ぶと共に、その後、党本部において安倍現総裁から外交に関する特別講演を拝聴するなど、有意義な講座となった。

  • 中央政治大学院役員
    学院長 河野 太郎
    副学院長 上川 陽子、古川 禎久、岸 信夫
    うえの 賢一郎、越智 隆雄、木原 稔
    鈴木 馨祐、関 芳弘、高鳥 修一
    石井 みどり、石井 浩郎、磯﨑 仁彦
    上野 通子、大家 敏志、熊谷 大
    中西 祐介、長谷川 岳
  • 地方政治学校に関する事項
    • (1)平成24年までに地方政治学校を設置した都道府県連
      北海道連、青森県連、宮城県連、栃木県連、群馬県連、埼玉県連、
      千葉県連、東京都連、神奈川県連、石川県連、福井県連、山梨県連、
      長野県連、岐阜県連、愛知県連、三重県連、京都府連、大阪府連、
      奈良県連、岡山県連、広島県連、高知県連、佐賀県連、熊本県連、
      大分県連、宮崎県連
    • (2)派遣講師
      100名を超える党所属国会議員を講師として各地方政治学校へ派遣。
  • まなびとプロジェクトに関する事項
    • (1)「異業種勉強会・スコラ」
      昨年は延べ500名の参加者を数えた。
    • (2)「まなびとユース政経ワークショップ」
      2月17日、6月6日開催。大学生対象に参加者各50名。

党外交の展開

平成24年における党外交は、民主党政権による外交の混乱により失われた国益を取り戻すべく、政権を奪還して外交を立て直すための地ならしの1年となった。特に尖閣諸島など、わが国の主権が脅かされる中、諸外国とのより緊密な連携が必要であることを痛感した1年でもあった。
まず年明けには、谷垣禎一総裁一行がベトナムおよびインドネシアを歴訪し、ベトナムのズン首相と会談するなど東アジア地域の経済連携の在り方や、安全保障について幅広い意見交換がなされた。4月には石原伸晃幹事長がフィリピンを訪問し、アキノ大統領と会談し、主に両国共通の懸念である中国の海洋進出について意見が交わされ、両国が互いに連携していくことを確認した。
わが党を訪れた外国要人は年間を通じて50の国や地域に上り、フィンランドのカタイネン首相ら各国首脳が相次いで訪日した。総裁や副総裁、幹事長ら党役員と会談し、幅広い分野において意見交換し、相互理解を深めることができた。
秋には、米国の大統領選挙についての勉強会を開催し、今後の日米関係を見据えて結果の分析等を行った。また、在京外交官を対象にした「永田会」も様々なテーマで継続的に開催し、毎回好評を得た。そして、広く一般の方々より論文を募集する「国際政治・外交論文コンテスト」は、今回で10回目を迎えた。
「日本を立て直す そのために、自由民主党が果たすべき役割」をテーマに作品を募集したところ、多数の優れた作品が寄せられ、このテーマについての関心の高さをうかがい知ることができた。
12月に実施された衆議院議員総選挙においてわが党は勝利し、再び政権を担う立場となった今、国際社会との信頼関係を修復し、国益に資する党外交をより一層展開していくことを強く決意する。

情報調査活動

情報調査局は、様々な情報を収集・分析し、資料化する調査部門と、国民からの「生の声」を聴取・集約する広聴部門の二部門から成り立っている。
調査部門では、党執行部からの特命事項や、わが党の衆参国会議員などからの様々な調査依頼事項などに対応するとともに、とりわけ民主党をはじめとする各党の情報および政治資金などの情報も収集し、分析・検証を行っている。
広聴部門では、党本部に寄せられる電話・メール・FAX・手紙などにより、わが党が国民からどのように受け止められているのかを分析し、これらを整理・集約し、レポート「国民の声」として、不定期ではあるが、関係各所に提供している。
昨年は、民主党大臣等の政治資金や政治姿勢に関して、情報や資料を収集・分析し、徹底的に追及し、総理大臣および2人の問題大臣に対し、問責決議が可決された。とりわけ情報調査局として、農水省に関わる中国輸出促進協議会の問題や法務大臣が過去、弁護士として扱った民事事件、国土交通大臣の公職選挙法違反事件などなど、予算委員会をはじめとして各委員会において質問を行い、疑惑の解明に努めた。
本年は政権与党として、夏の参議院通常選挙に向け、民意の吸収に努めるとともに、党執行機関、地方組織をはじめ、各種言論機関とも連携し、国民の信頼に応えられる国会論戦や党活動に資する情報の収集・分析に全力を傾注し、各種の活動を行っていく。

党・政治制度改革実行本部の活動

昨年(平成24年)は、一昨年(平成23年)3月に現行衆議院小選挙区選挙の「1人別枠方式」、「選挙区間較差2 . 304倍」を違憲状態とした最高裁大法廷判決が出されたことを受け、わが党はこの判決に真摯に応えることが立法府の権威を保持することであるとの認識の下、党・政治制度改革実行本部(細田博之本部長)を中心に、その実現に全力を挙げた。
細田本部長は、小選挙区定数「0増5減」、「1人別枠方式廃止」などを内容とする「緊急是正法案」を他党に先駆け取りまとめ、「衆議院選挙制度に関する各党協議会」(23年10月設置)に提案、昨年も協議が行われた。主として民主党の党利が絡み合意点を見出せないまま推移したが、結局、昨年11月16日、わが党提出法案を成立させることができた。その後、政府の「区割り審議会」が再開され、小選挙区の区割り改定案勧告のための審議が進められた。
10月4日に就任した古屋圭司本部長は、過去の党改革に関する提言や答申を精査し、8項目から成る「実行項目(案)」を取りまとめ、衆議院解散直後の11月22日に開催された全国幹事長・政調会長会議に提示、党改革は"議論より実行の段階"との考えを示した。この案件は、政権奪還後の12月28日に就任した逢沢一郎本部長に引き継がれた。
なお、4月27日には、国会議員の歳費等を2年間で約540万円削減する「国会議員の歳費及び期末手当の臨時特例に関する法律案」を成立させた。

行政改革推進本部の活動

「橋本行革」から10年余りが経過した今、その基本理念であった「日本の国民になお色濃く残る統治客体意識に伴う行政への過度の依存体質に訣別し、自律的個人を基礎とし、国民が統治の主体として自ら責任を負う国柄へと転換する」という精神にもう一度、思いを致し、"これからの「この国のかたち」"づくりに再挑戦することを目的に掲げた。
具体的には、行政改革推進本部内に平成13年の省庁改革の目的と現状、行政組織・官邸機能強化・内閣の総合調整機能等のあり方を主な論点とする「行政組織検証委員会」、公務員の年齢構成の現状、新規採用抑制による問題点、新規採用・中途採用のあり方、雇用と年金の接続の手法、再任用制度・再就職支援・早期希望退職優遇制度のあり方といった問題意識を持った「国家公務員の年齢構成に関する委員会」、独立行政法人・特別会計の制度の役割とあるべき姿、国の事務・事業を行っている公益法人と国、独立行政法人との関係、特殊法人のあり方、等を論ずる「独立行政法人・特別会計委員会」を設置し、それぞれのテーマについて議論を深めた。
その成果物として「機動的・戦略的に機能する行政の実現~自由民主党 行政改革推進本部 報告書~」をとりまとめ、今後の行政改革議論の方向性を定めるとともに、そのエッセンスを衆議院総選挙の公約に盛り込んだ。

憲法改正推進本部の活動

わが党は、立党以来、自主憲法の制定を党是に掲げてきた。
憲法改正推進本部は、わが国が主権回復したサンフランシスコ講和条約から60年に当たる平成24年4月28日に向け、憲法改正草案の策定に取り組んだ。
推進本部のもとに「起草委員会」を設置し、平成17年に発表した「新憲法草案」を踏まえて「本部長試案」を起草委員に提示し、逐条ごとの討議を行い、2月28日に「起草委員会案」を取りまとめた。
3月6日より憲法改正推進本部会議を再開し、逐条ごとの討議を行い、推進本部として取りまとめを行う。4月27日、総務会を経て「日本国憲法改正草案」を発表した。
当憲法草案は、平成21年12月4日、第1回の憲法改正推進本部の開催に始まり、以来約2年半、有識者ヒヤリング、非常事態条項検討小委員会や起草委員会の設置、50回を超える討議を積み重ね策定したものである。
「日本国憲法改正草案」は、「前文」から補則まで現行憲法の全ての条項を見直し、全体で11章、110カ条(現行憲法は103カ条)の構成としている。
今回の草案では、日本にふさわしい憲法改正草案とするため、翻訳口調の言い回しや規定を全面的に見直している。
前文については、日本の歴史や文化、和を尊び家族や社会が互いに助け合って国家が成り立っていることなどを述べ、全てを書き換えた。
「天皇」の章では、元首の規定、国旗・国歌の規定、元号の規定、天皇の公的行為の規定などを加えている。
「安全保障」の章では、自衛権を明記し国防軍の設置を規定。あわせて、領土等の保全義務を規定した。
「国民の権利および義務」の章では、国の環境保全、在外国民の保護、犯罪被害者への配慮、教育環境の整備の義務などの規定を加えた。
「地方自治」の章では、旧草案を土台に、地方自治体間の協力などを規定した。
「緊急事態」の章を新設し、国際的な有事や大災害の時には、緊急事態の宣言を発することができることとし、その場合には、内閣総理大臣が法律に基づいて一定の権限を行使できることとした。
「改正」の章では、憲法改正の発議要件について、両院で3分の2以上の賛成を必要とされていたものを、過半数に緩和した。
また、憲法改正推進本部では、現行憲法との対照表にした『日本国憲法改正草案』、草案を解説した『日本国憲法改正草案Q&A』をパンフレット形式で策定し、都道府県支部連合会等に配布するとともに草案の勉強会を開催し、草案の浸透・理解を図った。

党紀に関する活動

党紀に関しては、第46回衆議院議員総選挙や国会活動に絡み、昨年も復党・離党・処分の各審査を慎重に行い、結論を得てきたところである。
党紀委員会では復党に関し、うえの賢一郎元衆議院議員を3月19日付で、城内実衆議院議員を5月18日付で、長谷川大紋参議院議員を11月28日付で、鳩山邦夫衆議院議員を12月28日付で、それぞれ了承した。
離党に関しては、中野正志元衆議院議員を7月13日付で、栗原博久元衆議院議員と田村公平元参議院議員を11月13日付で、並木正芳元衆議院議員を11月20日付で、川条志嘉元衆議院議員を11月26日付で、中馬弘毅元衆議院議員を12月3日付で、それぞれ了承した。一方、松浪健太衆議院議員、谷畑孝衆議院議員から提出のあった離党届については、離党届を受理せず、11月13日付で除名処分とした。
また国会活動に関し、石原伸晃幹事長は、6月26日の衆議院本会議において社会保障と税の一体改革関連8法案の採決の際に欠席した中川秀直衆議院議員を、党則96条3項及び党規律規約第9条3項に基づき、7月4日付で「6か月の党の役職停止処分」とした。また、8月9日の衆議院本会議において、野党6党提出の内閣不信任案採決の際に党の方針に反して賛成票を投じた7名の議員については「戒告」処分とした。
本年は、党の規律保持を一層徹底し、来る参議院議員通常選挙に備える。

役員人事、入復党・物故者

谷垣禎一前総裁の任期満了に伴う総裁選挙が9月26日に施行され、安倍晋三総裁が選出された。
安倍総裁のもとで党役員人事が行われ、副総裁に高村正彦衆議院議員、幹事長に石破茂衆議院議員、総務会長に細田博之衆議院議員、政務調査会長に甘利明衆議院議員が就任した。また、中曽根弘文参議院議員会長と溝手顕正参議院幹事長が引き続きその任に当たることとなった。

その後、11月16日に衆議院が解散され、第46回衆議院議員総選挙が12月16日に施行された。総選挙後の特別国会において、安倍総裁が首班指名を受け、第96代内閣総理大臣に就任。12月26日に第2次安倍内閣が発足した。同時に役員改選が行われ、副総裁には高村正彦衆議院議員、幹事長には石破茂衆議院議員が再任された。新たに総務会長に野田聖子衆議院議員、政務調査会長に高市早苗衆議院議員が就任した。また、従来、総務会の承認を受けて幹事長が指名していた選挙対策局長については「選挙対策委員長」に改称するとともに、党三役に並ぶ党四役として位置づけて総裁指名とし、委員長には河村建夫衆議院議員が就任した。中曽根弘文参議院議員会長と溝手顕正参議院幹事長は引き続きその任に当たることとなった。
昨年の党所属国会議員の異動は下記のとおりであった。
平成24年12月31日現在、党所属国会議員は衆議院294名、参議院82名である。
また、浜田幸一元党広報委員長、宮澤弘元法務大臣をはじめ14名の元議員が鬼籍に入られた。党の発展に寄与された同志に対して、あらためて感謝申し上げるとともに、心よりご冥福をお祈り申し上げたい。

参考資料

議員の異動等

【衆議院議員】

5月 城内 実 復党
9月 谷畑 孝 退会(11月除名)
  松浪 健太 退会(11月除名)
10月 宮路 和明 補欠選挙当選
12月 第46回衆議院議員総選挙 294名当選
  伊吹 文明 退会(衆議院議長就任)
  鳩山 邦夫 復党

【参議院議員】

11月 長谷川 大紋 復党
  岸 信夫 辞職(衆議院議員総選挙出馬)
  義家 弘介 辞職(衆議院議員総選挙出馬)
12月 武見 敬三 入会(繰り上げ当選)
  尾辻 秀久 入会(参議院副議長辞任)
  山崎 正昭 退会(参議院副議長就任)

元議員死去

1月 日出 英輔 元参議院議員
2月 梶原 清 元参議院議員
  植竹 繁雄 元衆議院議員
  杉山 憲夫 元衆議院議員
3月 段本 幸男 元参議院議員
今枝 敬雄 元衆議院議員
4月 山口 シヅエ 元衆議院議員
5月 宮澤 弘 元参議院議員
6月 橘康 太郎 元衆議院議員
7月 福島 茂夫 元参議院議員
8月 浜田 幸一 元衆議院議員
9月 田原 隆 元衆議院議員
11月 藤田 栄 元参議院議員
12月 石井 道子 元参議院議員
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