ページ内を移動するためのリンク

グローバルナビゲーション
グローバルナビゲーション終わり
ここから本文です

安全保障法制整備推進本部

第7回 集団的自衛権の行使について(柳澤協二国際地政学研究所理事長/元官房副長官補)

【講演全文】

○冒頭挨拶

(石破本部長)

本日は2回目の与党の協議会をやりました。その状況をご報告申し上げます。もう1点は、集団的自衛権をはじめとする安全保障法制整備について、色んなご見解を聞かなければなりません。柳澤さんはテレビ等でもご存知かと思いますが、私も長い付き合いになりまして、運用局長、官房長、あるいは防衛研究所長、内閣官房副長官補と色々なことを一緒にやってまいりました。色々なことを真摯に考えられる方で、色々なことを発言されていますが、その真意は会って聞いてみなければわかりません。ということで今日は闊達なご議論をお願い申し上げる次第です。

 

○柳澤国際地政学研究所理事長からの説明

(柳澤理事長)

では、ご挨拶だけ、本当にお久しゅうございます。私が退職したのが5年前の8月でございまして、その折、今までの御礼のご挨拶に伺って以来の自民党本部でございます。大変お世話になった先生方のお顔を拝見しながら懐かしい境地でございます。ただ、若干意見の違いはございますがそれを今日はお聞きいただいて、反論も頂きながらより良いものにしていくということが一番大事なことだと思っております。では座ってお話をさせていただきます。今日は特にこの日本は、法律論だけに終わってしまっている感じもあるのですが、抑止力という観点から本日のお話は若干分析をしてみたいと思って、「集団的自衛権と抑止力」という題名をつけさせていただきました。レジュメを用意させていただいておりましてそれにしたがって、時間も余りありませんので簡潔に申し上げますが、最初のページの絵は皆様よくご承知の総理が5月の会見でお使いになったパネルでございます。私は非常に違和感を感じておるのでございますが、現役のころ朝鮮半島有事における邦人救出はいろんなケーススタディを私共はやっておりまして、出来るだけ民航機で必要な方を送ってもらうだとか、あるいは最終的な自衛隊機、あるいは増援物資を運んだ米軍機なども含めていろんなことを考えておりまして、基本的に軍艦というのが攻撃対象になるわけですから、そこも違和感があったのと、それからもう一つはこういうことにならないうちに事をすませなければいけない。こういう状況で本当に運んでいいかどうかというのを、当時官邸にいるときに悩みの種になるのだろうなと思っていました。それからもう少しいえば、いずれにしてもこれはアメリカの船を守ることが目的ではございませんので、中に乗っている日本人を守るということであれば、今、別途政府与党でご検討いただいている邦人輸送における領域国の同意を前提にした武器使用の拡大といったような世界でも対応できるものになるのではないか。そんなことを考えて、なかなかわかりやすくご説明されたのだろうと思いますが、結果、私の実務的な実感としてはかえって違和感を覚えるものになったということを申し上げておきます。
それで、総理が記者会見でご説明された2ページ目でありますが政府方針の考え方であります。まず安保法制懇の報告のうち、いわゆる芦田修正論はとらないというか、つまりこれは侵略戦争以外は今の憲法でも可能という見解はとらない。さらに国連の集団安全保障、これは我が国を当事者とする国際紛争ではないので、これは憲法の禁止する武力行使に当たらないという見解をとらないということをおっしゃっております。そして湾岸戦争、イラク戦争に参加することはないと。3番目ですが、しかし限定的な集団的自衛権行使のための必要最小限度の武力行使は許されるという従来の政府の考え方の延長線上でこれに沿った研究を進めるということをおっしゃったわけでございます。
次でありますが、ここで細かい論理でいっても仕方ないことなのですが、しかしここは大事なところなので、私の考え方だけ申し上げますと、必要最小限度の集団的自衛権というのは従来の政府解釈と整合性が取れているのだろうかということを少しだけ申し上げますと、必要最小限度というのは何をするのかという目的との関係で決まる概念だと思います。例えば、子供が母親に向かって、「お母さん必要最小限度の御小遣いをください」といった場合に「あんた何を買うの?」ということですね、バイクを買うのか、ゲーム機を買うのか、学用品を買うのかによって、必要最小限度というのは全く性質が違うものになってくるのではないかということでありまして、従来の政府見解は我が国に対する武力攻撃を排除するための武力行使は必要最小限度ということで認められるが、これを集団的自衛権は行使できないと解釈していた。ところが今度の政府方針をお聞きすると我が国が攻撃されていない場合の必要最小限度ということですから、これは要するに武力行使をするかしないかという判断の必要最小限度が我が国が攻撃をされた場合の自衛権という従来の政府の見解に対して、攻撃されていないのにもかかわらず、実はそこは連続性がなかなか説明するのが難しいのだろうなと思っております。それから北岡先生なんかは自衛権発動の3要件にも必要最小限度というものがあると。まあそれは当然なので個別的にせよ集団的にせよ必要最小限度の武力行使にとどまるということが要件なんですが、それが武力行使をすると決めた場合の武力行使の仕方の問題であって、ここに同じ必要最小限度と使ってあるからといって必ずしも連続性があるということにはならないと思います。そうすると結局日本人を守る、あるいは日本の有事と同等に評価されるような外国の有事というのはどんな例があるのだろうかということ。それは、一方で公明党さんが言っておられるような個別的自衛権の話ではないのかという、近づければ近づけるほど日本有事とダブってきてしまう部分がやはりあるのだろうと。そうするとやはり具体例が説得力を持つかどうかということがこの議論の実は立法事実としての一番のポイントだろうと思っております。
これはあえて「バラ色の」と書かせていただきましたが安保法制懇の論理はここにありますように集団的自衛権を日本が使うことによって抑止力が強化されて、これによって日本の安全が向上するのだと。こういう論理がささやかれていると思います。この矢印のところにはいくつかの選択肢があるはずなのですが、それにこういう答えをつなげていくかという背景に一体何があるんだということを考えてみますと、やはり正直言ってアメリカの抑止力がどこまで働いているのだろうという、不信という言葉が適当かどうかわかりませんが、そういうものはあるのだろうと思います。例えばオバマ大統領の話にしても領有権問題については関与しないんだと、ただ攻められたら安保5条の適用だというような言い方、何か一歩冷めたような言い方をしている。抑止力というのはそもそも相手が攻めてきたときに耐えがたい損害を与える能力を持って、その意思を持って相手がそれを能力も意思もあるのだということを認識することによって成り立つ概念でありますから、どっちが不安なんだろうねということ。能力は私はアメリカ軍は今でも世界最強の軍事力を持ち、中国の軍事費は確かに4倍になったけれども、アメリカの軍事費はさらにその倍あるわけですね。今までの蓄積から行っても、アメリカ自身も中国に負けるとは思っていない。ただアジア限定で考えればいろいろと邪魔されるのかなという展望だと思うのですが、能力というより、私は正直言ってアメリカの日本防衛に対する意思がどうなんだろうというところの不安があって、ここは真剣に考えていかなければいけないことなのだろうと思います。アメリカはいったい何を抑止したいのか、そして日本が一体何を抑止したいのかという、そこにも若干のずれがあるかなという感じが正直しております。その場合に、アメリカの能力あるいは意思に不足があった場合に日本が集団的自衛権を使えるようにするということはそれを補うということですから、それをどのように代替・補完できるのかということを考えなければいけないと思うんですね。能力面では確かに自衛隊も高い能力を持っていますから、アメリカ軍がやろうとしていたところを自衛隊が一部補完することは多分、自衛隊の限度内では可能だと思うのですが、しかしアメリカの国家としての意思を補完することは、この論理だけではなかなか難しいのだろうなというふうに思っております。特にアメリカの船を助けてやるよという限定行使ということで本当に今のこのアジア・太平洋の中でアメリカの能力・意思を補完するということに果たして十分なのだろうかと。やるならばそこを戦略的な理論立ての中で考えるのであれば、必要十分なことをやらなければいけないのだろうと私は思うのであります。もう一つは抑止力というのはそれによって平和になるというか戦争が起きにくくなるというのは確かにそうかもしれない。しかし一方で日本が集団的自衛権を使うことによって、相手から見ると戦争当事国になる。そういうことになると相手が日本を攻撃するというインセンティブも生まれてくるという意味では相手の出方によっては日本のリスクも高まる。それから抑止力は、相手より強いということですから、相手も抑止されまいとしてさらに強くなろうとするという、こういう安全保障のジレンマというところも頭において考えていく必要があるだろうと思います。
次のページでございますが、アメリカの見方についてもいろんな人がいろんな見方をしていると思います。オバマ大統領が尖閣安保5条の適用に関して明言されたわけでございますが、これはこれで大統領として初めておっしゃったということですが、しかし同時に記者会見の中ではCNNの質問に対して私は安倍と話をしたんだとkeep rhetoric low, not take provocative actionsつまり挑発的な言動をとったり挑発的な行動はしないようにしようねということを安倍と話したんだということを言っているわけですね。それから集団的自衛権についての変更を歓迎する、支持すると言っておりますが、私のアメリカの友人に聞いたところでは、本当にアメリカがインセンティブが高いのだったらnecessaryとかurgentを使うのではないかと、そういう見方もあると。
これは本当かどうかわかりませんが新聞報道によればオバマ訪日の直前に来日したアーミテージさんと石破幹事長がお話をされた際に急ぐ必要はないという趣旨のことを言ったという報道もあると。それから先日来日したハルペリンさんという長年NSCの高官を務めた方に対して質問したところ、オバマに聞いてごらんと、夜中電話してオバマに聞いてみたら日本に関する優先事項はなんだと聞けば、1に貿易、2に貿易、3に貿易と言うと思うと。アメリカではそういういろんな見方があるということだと思います。次のページでございますがそこで集団的自衛権行使という本来の正しい使い方というか、石破幹事長、これも報道で知っただけですがアメリカで講演されて、将来は、集団的安保体制とおっしゃったかわかりませんが、そういう体制をつくっていきたいという趣旨のことをおっしゃったように思います。これが集団的自衛権の本来の姿だと私は思います。それからもう一つは、将来的には国民意識が変われば多国籍軍への参加もありうるということをおっしゃったように承知しておりますが、こういう国の在り方として大きく変わっていくのだという認識を正確に発信されるということはやはり非常に大事なことなのだと思うんですね。たいして変わらないんですよという話ではなくて本質的にはこういうところ、こういう風に日本がやっていくのかどうかというところが一番の問題なんだろうと思っております。ここに対してもいろんな発言があるだろうと思います。アジアとの協力は情報とか能力構築、特にODAでフィリピンに巡視船を供与したり、コーストガードの能力を高めるというようなこと、は実は今求められているのはそういうことなのかなということもありますし、先ほどのハルペリンの話では、アジアの場合はマルチの同盟にしてしまうと選択肢が狭まるので今のようなハブアンドスポークの個別の同盟のほうがいいんだというような見解の方もおられると思います。
次のページでございますが、そもそも地政学研究所理事長ということもあって、それらしい考え方もしなければいかんと私も頭をひねっておりますが、まず地政学的な現実を考えてみますと冷戦時代も今日もアメリカから見れば日本というのはアジアにおける最前線の拠点であったということであります。そういう状況の中では一番の日本に対する最低限のニーズというのは何かというと、日本列島そのものをちゃんと守ってくれるということが最大の、そして変わらないニーズであり続けるのだろうと思います。そういう認識の下で核を持たず、個別的自衛権しか使わない自衛隊が存在した、それがアメリカの戦略の中でしっかり位置づけられていたというその合理性があったと。その部分は多分今でも変わっていない、ただ何が変わったかというと、次の星印ですが、抑止の構造が変わっているのではないかと、地政学的な位置関係は変わっていないけれども、例えば米ソの間では、仮に小さな衝突でもあればやがてお互いに報復し合って最終的には核の打ち合いになるという、いわゆるMADですね、相互確証破壊に至るというエスカレーション・ラダーがあるがゆえに米ソはお互いに直接衝突はしないという、なんとなくそういう合意のようなものが、共通認識のようなものがあった。けれども今米中の間では多分それはない、まだできていないんだということですね。おそらくその米中もお互いに核を打ち合おうとは思ってない。どちらかが滅んだら自分の経済も無茶苦茶になってしまうわけですから、米ソと違ってそういう動機がないとすると一方で心配されるのは、どうせエスカレートしないのであれば、小さな衝突ならやってもいいんだというそういう意味でも、そこにまさに抑止力の空白部分が生じてくる可能性はあるのだろうと私は思います。ではそこでどうするのかというと冷戦型の抑止力で日米合わせた総合力が絶えず中国を上回っていなければいけないという、そういう不等式の中で考えていくというのが一つの答えだと思いますが、もう一つの答えはやはり中国が勝手に現状変更を意図的にしないための日本の自衛力というか拒否的抑止力としての防衛力はそれは持っていなければいけないだろうと私は思いますが、そこでは、抑止という概念よりもむしろ危機管理に近い概念のほうが、今日、より重要になっているのではないかと、米中の間でなかなか相場観ができないものですから、お互いいろんなことをやりあったりするのだろうと思います。ただ一昨日のニュースは中国の空軍機の異常接近でございましたが、4月21日の青島で行われたアジア太平洋地域の海軍の会議ではお互いに武器を向けるのはやめようねとかFCSをあてるのはやめようねというルールが合意されたということになっているわけです。こういうことをもっと広げていく努力がやはり必要なのだろう。ただそれが100%の答えではないと私は思いますけれども。それからもう一つが、いわゆる伝統的な軍事力による抑止というのは相手より強いぞという、いわば脅しの抑止なんですけど、もう一つは戦争をしなければこんなに良いことがあるよというですね、褒賞による抑止というようなことも併せて考えていかなければならない。確かに去年のNSSの中ではこういうテーマも論じられておりますが、そういうことを実際にバランスよく行動に移していかなければいけないのではないかというのが私の考え方であります。
それから次の紙でありますが、そもそもこの集団的自衛権の話が最初に出たのは2000年秋のアーミテージ・ナイレポートでございますから、この時はイギリスのような同盟国となるために集団的自衛権を行使できるようにするというようなことが言われておりました。これは冷戦が終わって日米同盟の値打ちというのか、存在意義が問われてる時代の一つの発想であったと思うのですけれど、そこでその本当にイギリスのような同盟国でありうるのだろうかというところも考えてみたいと思い、この紙をいれさせていただきました。イギリスと日本は似ているところもあるけど違うところもあると。地政学的な条件を比較してみますとイギリスは確かにヨーロッパ大陸の冷戦を考えた場合に直接ソ連から戦車が攻めてくるような位置にはない、つまり最前線にいたのは西ドイツでございました。ヨーロッパ戦線に対する後方の拠点という役割をイギリスは担っていたのだと思います。他方で日本の場合は確かに朝鮮半島有事を考えますと、それは後方の拠点という位置づけはあるのですけれど、米ソあるいは米中の対決の中では、実は日本はやっぱり最前線の拠点であるという意味で完全にイギリスと同じようにやれるかというと、つまり端的にいうと、非常に端的にいうと、日本がそういうスタンスでアメリカを支援した場合に中国からしてみれば、日本の基地にミサイルを撃ち込むという、そういうインセンティブも生まれるという意味で、やはり最前線にいる日本としてどういうことが得策なのだろうかということも併せて考える必要があるわけで、先ほどの石破幹事長の話ではありませんが、アジア地域の集団的自衛体制、これも確かにそれで中国の乱暴なことは防げる面があると思います。同時にそこに日本が入っていくことが中国からしてみれば、これがけしからんか良いことかは別にしてですね、けしからんことであったとしても日本は戦争当事国になるわけですから、そこでやはり中国からの攻撃をリスクとしてしっかり認識する必要があるのだろうと。だからやめろというつもりはないんですけれど、つまりそういうこと全体の良いこと悪いことをきちっと認識したうえで国益を考えなければいけないのだろうということが私の意見であります。
次の紙でありますが、私、米中の軍事的な対峙の側面を考えた場合に、実際の一番の課題は西太平洋の覇権の問題だろうと思っているんですね。昨年の防衛大綱の中では、ここは私は正しい認識だと思うんですけど、西太平洋における日米のプレゼンスを重視するということ、あるいは離島防衛には海上・航空優勢が基本であるということ。それは何かというと西太平洋にアメリカの空母部隊が自由に行動できればそこから中国大陸を攻撃することが可能になる。一方で中国は核搭載原潜が西太平洋に潜んでいれば、アメリカ本土を直接狙えるようになるという意味で西太平洋というのが非常に軍事的な焦点に客観的になっていると私は思います。そこでアメリカの戦略の中で日本のやるべきことは何だろうかと考えた場合には、やはりこれは冷戦の時も同じでしたが、つまりは中国潜水艦をいかに捕捉するか、空母の一番の脅威は潜水艦でありますから、中国の潜水艦をしっかり捕まえておいていざとなったらやっつけられる体制を確立しているということ。それによって空母の行動区域を確保するということが、おそらくアメリカの戦略における一番大きな軍事的要請なんだろうと思います。冷戦時はそういうことを日本有事を前提にして日米の米海軍と海上自衛隊の共同訓練がずっと行われていたわけであります。では今はそこはどうするのかというと、日本有事と切り離された西太平洋地域のような衝突があるのかないのかというのが、実は集団的自衛権行使に賛成反対は別としてここはお互いに認識をシェアしなければいけないところで、そのためのカギはやはりアメリカがどうしたいのかということなんですね。おそらく空母が攻撃されればそれはもうニューヨークが9.11で攻撃されたような象徴的な絵になるので、これはアメリカも黙ってはいない。ただ黙っていないにしてもどこまで行くんだいというところがはっきり見えないといいますか、中国もそこまで本当にやるのかというところがよく見えない。その中で日本の立ち位置が今、正直決めきれないのだろうということだと思うんですね。新たな大国関係というところも、今アメリカはどっちかというと、新たな大国関係よりは、より厳しい中国に対する見方に傾いておりますが、この辺はやはり時期とともに右に行ったり左に行ったりするものだろうとは思っております。その中で最低限米中直接の戦争はしないという合意がどの辺で出来てくるのか、その相場観がどの辺で形成されるのかというものを、もうしばらく見定めていかなければならないのではないかと私は思います。
最後は、尖閣は確かに心配なことです。海上保安庁は頑張っているし自衛隊もいざとなれば上陸部隊を撃滅するだけの力は十分あると思いますが、1回、2回島を取り合うという問題ではないというかそれが大切になるわけではないので、やはり戦略を考える場合に争いの原因がそこにあるかどうか本質の理解をしなければいかん。私の意見はこれは資源でも軍事でもなく、やはりナショナリズムの象徴としての争いだと思います。つまり、あの辺にまともな石油が出るわけでもない。あそこをとられたからといってさっきの西太平洋の米中の覇権争いに決定的な影響が出るわけではない。つまりアルフレッド・マハンの言うチョークポイントにあたるような位置関係にはないということでありますが、そうだとすると残る要素はやはりナショナリズムなのだろうと、そうするとクラウゼヴィッツもこう言っておりますが、戦争の三位一体という言葉を思い出してしまうのですけど、戦争の要素は3つあって、国民感情と有能な軍隊と国家理性としての政治だという。ですから戦争をするためには国民世論を扇動する、盛り上げる必要がある。逆に戦争をしないためには国民世論を鎮静化するというのが政治の一番大きな役割になるのだろうと。ところがこれは中国も逆のことをやっているし、韓国も逆のことをやっているというのが今日の北東アジアの危機の本質ではないかというのが私の理解であります。多分この状況は今後、かなり長いこと続くと考える必要があるので、その中で中国はいろんな挑発的なことをやってくる。非常に逆説的ですがその挑発に乗っかって日本が先に事態を悪化させる引き金を引いたということになると、今国際社会は、要はあの島がどちらのものかということで判断できるものではなくて、どっちが先に手を出したかということで判断する傾向にあると思います。そういう中で中国の挑発に乗らない非常に賢明な政府の政治の判断が求められているということを申し上げたいと思います。ちょっと予定よりは早いですが、私のご報告は以上にさせていただきます。どうもありがとうございました。

 

ここで本文終わりです
ローカルナビゲーション

ページトップへ