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安全保障法制整備推進本部

第2回 集団的自衛権について(石破 茂 本部長)

 

党安全保障法制整備推進本部は4月7日、2回目の会合を開き、石破茂本部長が集団的自衛権をテーマに講演しました。
石破本部長は集団的自衛権に関する政府の憲法解釈の変遷を説明した上で「ある内閣が『集団的自衛権の行使は必要最小限度に入るものであれば、合憲である』と言ったとしても、次の内閣が『合憲ではない』とすれば、法的安定性がないのはこの上ない」と指摘。「『このような場合には行使が許される』という考え方を体現する法整備が必要だ」と訴えました。
続いて石破本部長はワルシャワ条約機構軍がチェコスロバキアに軍事介入した「チェコ事件」などを例に挙げながら、「何がなんでも集団的自衛権を使っていいわけではない。歯止め措置をきちんと考えなければならない」と主張。行使する場合の条件として、(1)被害を受けた国からの支援要請(2)必要最小限の武力行使(3)国連への届け出(4)国連の活動開始後、直ちに終了(5)国会の事前承認―を挙げました。 また、出席議員からの「有事の際、現場の自衛官は集団的自衛権と個別的自衛権の判断ができないのではないか」との質問には、「自衛官が判断に迷うような行動規定を置いてはならない。指揮官の判断に任せるというのは責任の放棄だ」と強調。「現場で責任を負わせるということは一切ないようにしなければならない」と述べ、法整備の必要性をあらためて示しました。
次回は石破本部長が国家安全保障基本法について講演する予定です。

 

【講演全文】

(石破本部長)月曜日午後いろいろご予定があったところ出ていただき誠にありがとうございます。第2回目でございます。前回は高村副総裁から全般にわたった話をいただき、随分とご理解が進んだものと思っております。
何度も申し上げていることですが、党で決まった事なのでということで、押しつけるようなつもりはございません。今までの議論の経緯をご紹介し、総選挙あるいは参議院選挙において、我々はどういうことを訴えたかということをお話しさせていだだき、そして、それ以降に我が党の国会議員としてご参加していただいた方にもご理解、ご納得をいただいて、我が党の方針というものを決めていきたいと思っております。
それは当然今まで決めたことと変わる事もあるのかもしれません。それは政調において、またご議論をいただくということだと思っておりますが、なぜこういうことに今なっているかということについて、ご理解をいただくということで、今回と次回、先生方のお時間を拝借いたしたいと思います。どうぞよろしくお願い申し上げます。

(岩屋事務局長)それでは、石破本部長から「政府並びに自民党内におけるこれまでの議論について」ご講演をいただきたいと思います。石破本部長よろしくお願い致します。

(石破本部長)ありがとうございます。お手元に簡単な資料を2つお配りいたしております。

 

【党内議論の経緯】

1つは、我が党が政権公約で掲げ、そして参議院においても掲げました国家安全保障基本法というものの議論の経緯でございます。数えてみると32回やっておりまして、ずいぶんと長いこと議論をいたしてまいりました。
スタートは平成18年、2006年ということでございますから、これは第1次安倍内閣というものが発足したときから議論を始めております。集団的自衛権とは何でしょうかということについて、ずっと10回ほど勉強して参りました。
その後にまた集団的自衛権について、政府がどのような考え方をとってきているか、それと憲法との整合はどうであるかということを7回シリーズでやりました。
その後、また、安全保障基本法というものに焦点を絞りまして、安全保障基本法というものをどのように制定すべきか、公約では謳ってはいるものの、条文というものをきちんと作ったことがございませんでしたので、この安全保障基本法、これは次回ご説明いたしますが、安全保障基本法についての議論を9回程いただいております。
私ども野党でございましたので、シャドウキャビネットなんぞというものが入っているわけでございますが、公約を決めるに当たりましては、当然、全議員の参加というものをいただいております。また、当時は各地方の方々、地方の政調会長にも、お出かけいただいて意見をお述べいただくという形をとりまして、総選挙において、国家安全保障基本法というものを掲げて、集団的自衛権の行使を可能にするということで国民の皆様方に訴えをしたということを書かせていただいたのが、その関連日程というものでございます。
冒頭で申し上げましたように、その時、私は議員じゃなかったという方も大勢いらっしゃると思いますので、どうぞご意見をお述べいただきたいと思います。

 

【政府解釈の変遷】

もう1つは、「集団的自衛権に関する政府解釈の変遷」というものの要約版でございます。これは、平成19年に作ったものでございますが、今も基本的には変わっておりません。集団的自衛権というものはおろか、個別的自衛権というものを認められないのだと国会で吉田総理が答弁したというところからお話が始まっておるわけでございます。
これは、現行憲法ができる前のことでございますが、制憲議会において行われた、有名な野坂・吉田論争というものでございます。いちいちくだくだとご説明することはいたしませんが、そこにございます吉田総理の答弁、衆議院本会議1946年6月26日というものでございます。
野坂参三さんという共産党の議員がこのように問いをいたしました。「侵略戦争は正しくないが、自国を守るための戦争は正しい。憲法草案の戦争一般放棄という形ではなく、侵略戦争の放棄とすべき。」と言ったのが日本共産党であります。
それに総理がなんと答えたかというと「戦争放棄に関する本案の規定は、直接には自衛権を否定はしていないが、第9条第2項において一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、又交戦権も放棄したものである。」と言ったのが吉田さんで、反対ではございませんのでお間違いないようお願いいたします。吉田さんはそれに次いで、このように申しております。「国家正当防衛権による戦争は正当なり、ということを認めることが有害だ。近年の戦争の多くは国家防衛権の名において行われたのは顕著な事実であり、正当防衛権を認めることが戦争を誘発する所以である。」と、ここまで言っておるわけですね。
お話はここから始まっておるわけでございます。これは、要するにどういう時代であったかと言えば、占領下であり武装も解除され、陸軍省も海軍省もなくなり、その後に日本国憲法が制定をされておると、こういう時代背景でこういうやりとりがございました。
その次の段階にはこういうことになります。我が国は自衛権を保有し、武力の行使によらなくとも米軍駐留により、これを集団的自衛権として行使すると、こう言っていた時期がこの次になります。「我が国は自衛権を保有し、武力の行使によらなくとも米軍駐留によりこれを集団的自衛権として行使するのだ。」というふうに言っておった時期があります。
また吉田総理の答弁が出てきますが、「いやしくも国家である以上、独立を回復した以上は、自衛権はこれに伴って存するものである。安全保障なく、自衛権がないかのごとき議論であるが、武力なしといえども自衛権はある。」というふうに話は変わってくるわけでございます。世の中はいろいろございまして、そこにおいて時代背景というものを記しておりますが、1951年9月8日にサンフランシスコ条約、そして吉田さんが一人でやったといわれる日米安保条約、この署名がなされております。この安保条約をどう考えるかということが議論になりましたのと、その後、警察予備隊ではなくて保安庁というものが設置をされ、保安隊というものが発足をしております。そのような時代背景ということをご理解いただきたいと思っております。
下に2頁とふってございますが、そこでご覧をいただきたいのは、旧日米安全保障条約の前文であります。ここになんと書いてあるかと申しますと、「平和条約は、日本国が主権国として集団的安全保障取極を締結する権利を有することを承認し、さらに、国際連合憲章は、すべての国が個別的及び集団的自衛権の固有の権利を有することを承認している。」そのあとです、「これらの権利の行使として、日本国は、その防衛のための暫定措置として、日本国に対する武力攻撃を阻止するため日本国内及びその付近にアメリカ合衆国がその軍隊を維持することを希望する。」これらの権利っていうのは、いったい何なんだろうかということでございます。
そうするとその前のところに、平和条約は云々というところがありますが、「国際連合憲章は、すべての国が個別的及び集団的自衛権の固有の権利を有することを承認している。」というところに係るものでございまして、この旧安全保障条約にいいますがところのこれらの権利の行使としてというのは、日本国が集団的自衛権の行使として、その防衛のためアメリカを駐留することを希望するということを明確に謳ったものだというふうに、これは理解せざるを得ないという訳でございます。集団的自衛権というのは、これ色々な対応がございまして、他国の領域まで行って武力を行使するというものもあれば、この旧安全保障条約に明確に示されておりますように、外国軍隊を駐留させるという形をもって集団的自衛権の行使であるというふうに言っておる時期もあったわけであります。
その次に3頁に参りますが、このあと少しお話は変わってくるわけでございまして、「個別的自衛権の行使は認めるが、憲法上交戦権が否認されているので、集団的自衛権は行使できない。集団的自衛権は国際上一般的に確立した観念ではなく、個別の条約がなければ保有・行使できない。」という答弁がでてくる時期が参ります。このときは自衛隊が発足をしたとか、自民党ができたとか、日本が国連に加盟したとか、そのような時代背景でございますが、ここは、個別的自衛権は良いのだが、集団的自衛権は行使できないというのが登場したのが、この時期でございます。その次にやって参りますのが、この算用数字の4のところでございまして、「我が国は憲法上も集団的自衛権を保有するが、他国に赴きこれを守るという意味では行使できない。
そのような能力も持てない。在日米軍を自衛隊が守ることは、集団的自衛権を持ち出すまでもなく、個別的自衛権の行使として説明が可能である。」こういうような説明をいたした時期がその次に参ります。これは新安保条約ができている、或いは、先般副総裁からご説明がございました砂川事件の判決、或いは岸内閣ができたというような時期がこのようなお話をしている時期に該当するものであります。 そこでは国会の答弁が色々ございますが、その真ん中ぐらいにこのようなものがございます。これは藤山外務大臣の答弁かと思いますが、「日本の憲法においては、外国に出て他国を、締結国であろうとも、その他国を防衛するということは憲法が禁止しており、その意味において、集団的自衛権、集団的な自衛権の最も典型的なものは持たない。」という国会答弁がございます。
そのようなことがございまして、今の安全保障条約となるわけでございます。算用数字の5へ参りますが、「我が国は国際法上集団的自衛権を保有するが、自衛権の行使は我が国に対する攻撃から国民を守るためのものとしてはじめて容認され、その措置は必要最小限にとどまるものだ。」としたうえで、「他国に対する武力攻撃を阻止する集団的自衛権の行使は憲法上許されない。」というようなお話がでて参るわけでございます。これ、ご記憶のある方もあろうかとございますが、70年安保というようなことが大きな政治課題になった時代でございます。
その時代にはこのような考え方をいたしておりました。今度、随分最近になりますが、鈴木内閣の元におきましては、「集団的自衛権の行使は憲法に定められた自衛の範囲を超えるので、全く使えない。我が国は国際法上集団的自衛権を保有するが、憲法上その行使は許されない。」という今の考え方、政府の今の考え方でございます。
集団的自衛権については使えるものもあれば、使えないものもあるよと、典型的なものは駄目だが、そうじゃないものはできるよと言っておった時期もあるわけでございますが、今まで続いておる解釈というものは全く許されない、全く使えないというままになっておるわけでございます。というように、政府の考え方も実は一貫しているわけでなくて、ある時は、これはできる、ある時は、全然使えないというふうにかなり揺れ動いておるというふうに私自身は見ておるところでございます。

 

【国連憲章との関係】

そこで私どもがこう30回以上にわたって議論をいたして参りましたのは、まず、なぜ国連憲章というものに、わざわざ集団的自衛権というものが書かれたのでしょうかということでございます。で、その前身、いや前身ではないな、国際連盟というものがありました。
第一次世界大戦というもので、大変な被害を被った国際社会は、もうそういうことが起きないようにということで、国際連盟をつくったのですが、国際連盟をつくったにもかかわらず、今度は第二次世界大戦が起こってしまったということで、もうこんな事は懲り懲りであると、第一次世界大戦の教訓を踏まえてできた国際連盟はなぜ機能をしなかったのかという議論を踏まえて国際連合というものが構想されました。
第二次世界大戦の終わり頃に、段々構想が明らかになって参りまして、これから先は、戦争はあらゆるものが違法である。すべて戦争は自衛であろうが何であろうが、違法なのである。そういうような独立と平和を脅かすような勢力が出てきた時には、国際連合がでていってそれを解決するのだ。どうだ、素晴らしいだろうというお話になったわけでございます。
ところが、国際連盟の失敗の一つに、アメリカが典型ですが大国というものが加盟していなかった、だから国際連盟はワークしなかったということがございました。アメリカ、ソビエト、イギリス、フランス、中華民国、この5カ国を、拒否権をもった常任理事国として参加させるということで、国際連合は発足をしたということは、歴史でお習いになったとおりでございます。これから先は、戦争は違法化されるのだ、いざとなったら国連軍が助けに来てくれるのだ、良かった良かったという話になったのですけども、南アメリカの国々がちょっと待てと、そうするとだよ、この常任理事国、拒否権を持った常任理事国が関与している、そういう侵略に遭った場合には、一体、我々はどうなるのだろうか。
戦争は違法化されているわ、その5カ国のどこか1カ国が拒否権を発動したら、国連軍は来てくれないわ、ということになったら、俺たちは一体どうなっちゃうのかというお話に相成りました。そこで、こういうような南米諸国の色々な考え方が入れられる形で個別的自衛権に加えて、わざわざ集団的自衛権という概念が国連憲章に設けられたというふうに歴史の教科書には書いてございます。
よく言われるように集団的自衛権というのは、大国が集団的自衛の名を借りて、小国を蹂躙(じゅうりん)する権利ということではなくて、国連が機能してくれるまでの間、自分の国は自分で守るという個別的自衛権と、そして、関係の深い国々がお互いに守り合う侵略を排除するという集団的自衛権というものをわざわざ盛り込んだということが、国連憲章における集団的自衛権の意味付けであるということだと私自身は思っておるところでございます。
アメリカと一緒に世界中で戦争する権利ではなくて、大国の横暴から小国が自らの身を守る権利として、集団的自衛権というものが、わざわざ国連憲章に創設をされたということが、価値観を交えずに国連憲章の理解であるというふうに考えているところであります。

 

【憲法との関係】

それでは、なぜ日本だけが、それを保有するが行使できないということになったのだろうかと考えた時に、これは憲法第9条から出て来るものであるという考え方がよくございます。憲法第9条そのものを改正しなければ、集団的自衛権の行使は認められないのだとする考え方も非常に有力であります。
集団的自衛権は行使されるべきであるし、するなと言っているのではなくて、できないという考え方を改めるべきだ。そのために憲法第9条の改正が必要だという考え方は、我が党の中にもありますし、そしてまた、何人かの方々が有力に唱えておられるところでもございます。
では、憲法第9条の文言のどこからそれが出て来るのだろうか。「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。この目的を達成するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」というのが、ご存じ第9条でございまして、このどこから「個別的自衛権は良くて、集団的自衛権は駄目」というのがロジカルに導き出されるのであろうかという話でございます。
これは国会答弁というものを私全部読んでみましたが、「この条文のここの部分から個別は良くて、集団は駄目だ」という答弁をした例を私は寡聞にして存じません。私の探し方が足らないのかも知れませんが、法制局長官の方々も国会答弁においては、憲法第9条全体の趣旨からいってという答弁をなさっておりますが、「この条文のここの部分から」ということを、在職中に国会で答弁された方は、少なくともおられないと理解をしているところであります。
では、辞めたら何を言っているのかというと、まず第一に、これは「国際紛争を解決する手段だから駄目だ」ということを言っておられる方があります。「集団的自衛権は、国際紛争を解決する手段なので駄目なのだ」というと国連憲章の否定になってしまうので、それはいくら何でもひどかろうというふうに思います。或いは、「交戦権はこれを認めないということなので駄目なのだ」という方がありますが、交戦権は何も集団的自衛権だけに適用されるものではなくて、個別的自衛権においても交戦権というものは適用されるものでございます。
「国の交戦権はこれを認めない」から出て来るものとすれば、個別的自衛権も駄目ということにならなければおかしいのですけれども、「個別的自衛権はよくて集団的自衛権は駄目」ということは、交戦権の否認の論理からは出てこないと思っております。すなわち憲法第9条において、「武力の行使」と「国権の発動たる戦争」は何が違うかといいますと、「国権の発動たる戦争」というのは、最後通牒を発して、宣戦布告を行って、遂行されるところの正規の戦争のことが、国権の発動たる戦争だというような定義がなされております。
そうしますと今時、戦争は違法でございますので、宣戦布告もなければ、最後通牒もないのでありまして、これはそういうふうな考え方は取り得ない。では、「国権の発動たる戦争」ではなくて武力の行使とは何なのだというと、事変とかいわれるものがございます。日華事変とか、日支事変とか、いろいろ事変と言われているものがありまして、それは最後通牒も発せられていなければ、宣戦布告もないのですが、行われているのは実質的に戦争でありまして、それが国権の発動ではない武力の行使だと言われています。
「国際紛争の解決の手段としては」という文言は、これはずっとある考え方でありまして、侵略戦争は駄目だが自衛戦争は良いという解釈をいたしております。そこから「集団的は駄目で個別的は良い」という解釈は出てきておりません。
そうしますと全体から見て「憲法第9条のここの文言から集団的自衛権は駄目」という話は出てこないのでありまして、憲法改正によらずして、集団的自衛権の行使は可能だというのは、そういうようなものの考え方をいたしております。

 

【憲法解釈との関係】

そして、公約に謳います時に、散々議論いたしましたのは、憲法の解釈は何なのか、それは自衛権発動の3要件というものだろう。
我が国に対する急迫不正な武力攻撃があること、これが第一の要件、第二の要件は、他に取るべき手段がないこと、これが二番目、第三の要件は、武力行使は必要最小限度にとどまるべきであること、これが三番目でございます。我が国に対する急迫不正の武力攻撃があり、二番目に、他に取るべき手段がなく、三番目は、必要最小限度の武力行使にとどまること。
この三つが要件なのであって、「必要最小限度」ということが憲法の解釈なのである。今までは集団的自衛権なるものは、どういう理由なのか知らないが、それは全部その外だということになっていたが、必要最小限度の中に、集団的自衛権といわれるものの中にも、入るものが出て来るのではないのだろうかという考え方でございます。憲法の解釈はあくまでも「必要最小限度」ということなのです。
しかしながら、何で解釈を変えることをするのって言われますが、これは近いうちにご説明いたしますけど、政府が国会に提出している資料とか、或いは答弁書の中に、「集団的自衛権の行使は必要最小限度を超えるので許されない」という政府の答弁書が閣議決定されておりますので、これが厳としてある以上、いかに必要最小限度に含まれる集団的自衛権があると考えたとしても、今のままでこれは憲法違反ということから、免れることはできないのであって、この政府の答弁書なるものを決めた閣議決定というものがそのままで、集団的自衛権というものがいかに必要最小限度と解釈されたものであっても、認めることは中々難しいものではないかということでございます。
そのような考え方のもとに、憲法改正はしない、しかしながら解釈を変える。解釈を変えただけでは駄目で、すなわち、ある内閣が「集団的自衛権の行使は、必要最小限度のものであればそれは合憲である」といったとしても、次の内閣総理大臣が「いやいやあのような考え方はそうではない、私は集団的自衛権の行使は合憲ではないと考える」というと法的安定性がないことこのうえないのでありまして、どういうような法形式によるかは別として、集団的自衛権の行使は、このような場合は許されるというような、そういう考え方を体現するような法整備は絶対に必要だということでございます。
そうしなければ法的安定性が保てないことおびただしいのでありまして、法治国家としてそのようなことが許されるはずはないというふうに考えておる次第でございます。

 

【集団的自衛権行使の内容】

では、集団的自衛権の行使というのは何でもかんでもよいのかねと言えば、それはそうではないだろうというふうに考えております。例えて言えば、我々が学生の頃、ベトナム戦争というものがありまして、あれはアメリカが集団的自衛権の行使として、南ベトナムを北ベトナムから防衛するのだということで集団的自衛権というものを使った事例でございますが、その時の南ベトナム政権というものは、アメリカの完全な傀儡(かいらい)政権でございましたので、傀儡政権から救援の要請があったので出向くというような、そのようなことは認められるはずはなかろうというのが、今の国際法の考え方でございます。
今回のウクライナ、クリミヤの色々な事象を見るにつけ、ある年代以上の方は、チェコスロバキアという国が昔ありましたが、あそこにドプチェクという第一書記がおりまして、チェコの民主化を図ったときにソビエトが戦車を出して蹂躙(じゅうりん)したということがございました。「プラハの春は短かった。」なんて新聞の見出しを覚えておられる方も、ある一定の年代以上の先生方にはおられようかと思います。こともあろうに、あの時のソビエトが使ったのが集団的自衛権の論理でございました。
なにもチェコスロバキアの首都プラハが、外国勢力から急迫不正の武力攻撃を受けたわけでもないのに、チェコスロバキアを防衛するためなぞと言って、集団的自衛権を援用したのは完全に誤りであるというふうに今は考えられておるところでございます。ですから何でもかんでも集団的自衛権を使っていいわけではなくて、その被害を受けた国から日本に対して来てくださいというような要請がなければ駄目ですよ。
或いは、その武力行使が必要最小限度にとどまるものでなければいけませんよ。そして、国連に必ず届出なければいけませんよ。そして、国連が活動を始めたときには、直ちにそれを止めなければいけませんよ。というような、更には、集団的自衛権の場合に、一般的に考えての話でございますが、個別的自衛権の行使よりは、時間的あるいは距離的に、少し間隔が空いているのが普通でございますので、これは個別的自衛権の防衛出動もそうでございますけれども、まず事前に、個別的自衛権は事後でも良いのですが、集団的自衛権の場合には、事前に国会の承認を得るということにすべきではないかという議論もございました。
いかにして、これを何でもかんでも使えるということではないが、集団的自衛権の中で必要最小限度のものがありとせば、それを行使可能とするとしたところで、それに対する歯止め措置というものはきちんと考えていかなければならないと考えております。

 

【日米同盟との関係】

もう一つ私どもが念頭におかねばならないのは、この日米同盟というものをどう考えるかということでございます。
ここは今回の法改正にはそこまで念頭には置いておりませんが、日米同盟はよく非対称的双務関係と言われることがございます。つまり日本が負っている義務とアメリカ合衆国が負っている義務は内容が違いますので、対称的なものではございません。非対称的なものでございます。すなわち、合衆国は日本を防衛する義務を負います。日本国はアメリカ合衆国を防衛する義務を負わない。
なぜならば、それはできないからだと考えられていました。では、代わりにどのような義務を負うのかといえば、合衆国を防衛する義務を負わない代わりに、合衆国に対して、日本並びに地域の平和と安定を守るために、基地を提供する義務を負うということでございます。アメリカは日本を防衛する義務を負い、日本はアメリカに基地を提供する義務を負っているわけでございまして、提供している義務の内容が全く違います。
二国間の同盟関係において、このように負っておる義務が違うのは、日米安全保障条約だけでございます。この点をどう考えるのかという議論は、後ほどに出てくる議論なのかも知れません。また、先生方からのご意見があれば承りたいと存じます。
事実を事実として申し上げれば、昭和30年、1955年、その時の外務大臣は、重光葵という人でございました。あの教科書に出てくるミズーリ号で降伏調印をした時の外務大臣でございます。この人が鳩山内閣の外務大臣になりました。昭和30年、1955年のお話でございます。鳩山由紀夫内閣ではございませんのでお間違いのないようにお願いしたいと存じます。この人がアメリカに参りまして、時の国務長官のダレスと会談をいたしました。
その時に重光が主張したのは、「日本国は集団的自衛権を行使し、グアムまで守るのである。よって、日本に駐留している合衆国軍隊は撤退せられたい。」と言うことを重光はダレスに対して申し入れております。ダレスはそれに答えて曰く、「日本の憲法はそのようなことを認めていないし、自衛隊にそんな力があるはずもないであろう。」と言うことで、この話は立ち消えになりました。なりましたが、その時にダレスが色々な書簡の中で、こういうことを残しておりました。私、現物を見たわけではないので存じませんが、物の本によりますれば、「合衆国にとって必要なのは、日本国に合衆国を防衛させることではない。
合衆国にとって必要なのは、日本の基地を使用することが必要なのである。」というようなことをダレスは書き残したと伝えられております。今から59年前のお話でございます。その時にダレスは、日本はフィリピンみたいなことを言い始めたということを言っているそうでありまして、お詳しい方はご存じと思いますが、フィリピンにスービックという海軍基地がございました。あるいは、クラークという空軍基地もございました。
フィリピンがその撤退を要請したときに、アメリカとしては、フィリピンに基地を置くことは、フィリピンの義務ではございませんでしたので、主権対等の原則でございますから、フィリピンからそのような要請があったということで、合衆国はフィリピンから2つの基地を撤退させています。そのことが地域の平和と安定にとって、どういう影響をもたらしているかと言えば、昨今のアメリカとフィリピンのいろいろな議論の経緯を見ればお分りのとおりでございますが、合衆国と日本との関係というものはそういうことでございます。
従いまして、このお話は、やがてそういうような議論というものも惹起するものかも知れませんが、今その話はとりあえずおきます。

 

【抑止力の観点】

集団的自衛権というものが、国連憲章上どう取り上げられているかということ、日本国憲法上どう位置付けられてきたか、政府がどのように考え方をその都度明らかにしてきたかということ、そして、もう一つどうしても先生方にご議論いただきたいのは、私どもはずっと長い間、安全保障の議論をいたしてまいりました。
その時に言っているのは、どうすれば抑止力が保たれるかという議論をいたしております。どうすれば相手の国が、我が国に対して手を掛けようかという気持ちを失わすことができるか、それが抑止力でございます。抑止力は幾つかの種類がございますが、報復的抑止力というのは、やるならやってみろ、倍返しだとなんとか言ってですね。そんな目に遭うのだったら、やるのをやめておこうと思わせるのが報復的抑止力と言われるものでございます。当然、我が国はそのような抑止力を行使もいたしませんし、そのような能力も持っておりません。
もう一つは、拒否的抑止力と言われるものでありまして、やれるものならやってみろ、そのような意図は必ず成就しない、と相手に思わせるのが、拒否的抑止力でございます。一番分かりやすい例は、ミサイル防衛でありまして、私どもは遊びや冗談でミサイル防衛を整備してきたわけではございません。
最初はそんなもの当たるわけない。とかですね、滅茶苦茶言われまして、お金の無駄遣いだとか、鉄砲の弾を鉄砲の弾で撃ち落とすものだとかですね、いろいろなご批判をいただきましたが、今相当な確率で、洋上に配備をしたイージス艦、あるいは、それで撃ち損じたものはパトリオットで落とすという技術が確立しつつございます。それはどういうことかと言うと、どことは申し上げませんが、例えば、某々独裁国家がですね、日本に対してミサイルを撃ち込むというふうな能力を持っていたとしても、それならやってみろ、必ず撃ち落とすということになれば、その国は国際的批難を受けるばっかりで、何一つ得るものはないのでございます。
こういうものをもって拒否的抑止力と申します。中谷(元)長官から私の代にかけまして、有事法制というものを延々と整備をいたしてまいりました。これも、戦争の準備法案だとかなんとか言われましたが、そうではないでしょうと、それまでは、漫画みたいなお話ですけど、日本の戦車は赤信号で止まるというお話になっておったのです。
関係の方々良くご案内のとおり、日本の自衛隊ほど法律を遵守する組織は他にございません。自衛隊の車両に乗るとピタッと制限速度で走っていくというのを経験されるはずでございます。「もうちょっと、速く走って。」と言っても、絶対に1キロも超えることはございません。もう絶対に法令は遵守いたします。自衛隊の車がスピード違反で捕まったということは、佐藤さんないよね、一度も。(佐藤議員:はい。)一度もないのでございます。
そういう、とにかく法令を遵守することに関しては、これ以上の組織はございません。阪神淡路大震災の時に、パトカーとか、あるいは救急車とか、消防車は、赤信号であろうが何だろうがぶっ飛ばしましたが、自衛隊の車両は全部止まった。そういうものなのです。これはいくらなんでも、どこかの国が攻めてきた時に、どこかの国の戦車は赤信号で止まりませんよね。私どものだけ止まってどうするとか、あるいは、野戦病院をつくる時に、詳しい先生方も大勢いらっしゃいますが、いちいち都道府県とか、厚生労働大臣の許可を得なければいけないことになると、野戦病院ができたときにはもう戦は終わっているとかそんなことがあるわけで、幾つかの例外規定を設けなければ、自衛隊が速やかに動くことはできないであろう。
あるいは、なんで、東京大空襲で、一晩で10万人も死んだのかといえば、ここの焼夷弾が雨あられ降りますよ、というのは、事前に分かっていた部分がかなりあります。覚えていらっしゃる方もあるかと思いますが、博物館とかに行きますと合衆国はこういう順番で爆撃しますよというビラを随分と巻きました。私の鳥取市も、いつか爆撃されることとなっていたそうですが、それは憲兵隊がみんな回収しちゃったそうでございます。
戦場に民間人を絶対置いておいてはいかんということで、太平洋戦争が終わった後、アメリカは戦略爆撃調査団というものを出しまして、なんで、東京大空襲であんなに人が死んだのだということを調べたのだそうです。調べてみて分かったのは、女性でありますとか、疎開していたので子供たちは除きますが、高齢者でありますとか、そういう非戦闘員がいっぱい残っていたと、防空法という法律はあったのですが、それは、内務省が所管するのか、陸軍省が所管するのか、ずっともめていて、結局、非戦闘員がいっぱい残っていたということでございます。
いざという時に自衛隊が速やかに動ける、いざという時に戦闘員が戦場にいない、ということを実現するのが有事法制であって、何かやろうと思っても自衛隊は速やかに出て来るのであり、何かやろうと思ってもその場に戦闘員以外はいないのであるということを示すのが抑止力になるということで、有事法制というものは、結局、最後はごく一部の野党の反対だけで、ほとんどの政党が賛成ということで成立をいたしました。 報復的抑止力を持つために、集団的自衛権を行使可能とすると言っているわけではありません。
必要最小限度のものがあれば、それを行使可能とすることは、拒否的抑止力を強めるのに役に立つのか、立たないのかという議論から私どもはしていかなければならいないものだと思っております。
アメリカの同盟の形が、ハブ・アンド・スポークという、中心にアメリカ合衆国があって、そこから日米安全保障条約とか、あるいはANZUS条約とか、アメリカを中心にして放射線状に色んな同盟関係が伸びて行くというようなスタイルから、ネットワーク型のそれぞれの同盟をつないでいくというような戦略に変わっていくとするのならば、日本とアメリカだけにおいて成立するという非対称的な双務関係ということで、これから先、アジア太平洋地域の平和と安定を保つことができるのだろうかという話だと私は思っております。

 

【まとめ】

ですからこれを行使可能とすることがこの地域の平和、あるいは日本国の独立、この事にプラスになるのかどうなのか、それは憲法上どのように評価をされるのか、国連中心主義と言っております我が国が国連憲章の中において、これをどう考えるかということが、これから先生方にご議論いただきたいことでございます。
私どもはそれを必要最小限度であれば行使できる、行使すると言っている訳ではありません。ご存じのとおり自衛隊の行動は、自衛隊法に根拠規定を持たない限り、飛行機は1センチも飛びません。戦車は1ミリも動きません。船も1マイルも動きません。
自衛隊法というのは、そのような書き方になっておりまして、できる事は、これとこれとこれということをポジティブリスト的に、根拠規定を持たなければ、何一つやる事はできません。ですので、これをやれば無限定に広がるような事はございません。
そういうことを念頭に置きながら、次回、安全保障基本法のご説明をいたしたいと思っております。どうぞよろしくお願い申し上げます。

別紙・配布資料

集団的自衛権に関する政府解釈の変遷(要約)

19.6.1.

1 「憲法9条第1項は我が国の自衛権を直接否定していないが、第2項によりこれを行使する手段が物的・法的にないため、侵略に対し自衛権が行使できない」と解釈し、(個別的・集団的)自衛権の行使は否定される、とした憲法制定時期

【時代背景】米軍による占領、武装解除、陸・海軍省廃止、日本国憲法制定、吉田内閣

1945年9月2日GHQ設置
1945年11月30日陸・海軍省廃止
1946年5月22日吉田内閣成立
1946年10月7日帝国議会衆議院で日本国憲法可決・成立
1946年11月3日日本国憲法公布

「戦争放棄に関する本案の規定は、直接には自衛権を否定はしていないが、第9条第2項において一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、又交戦権も放棄したものである」
(吉田総理答弁 衆・本会議 1946年6月26日)

(侵略戦争は正しくないが、自国を守るための戦争は正しい。憲法草案の戦争一般放棄という形ではなく、侵略戦争の放棄とすべき、とする共産党・野坂参三議員に対し)
「国家正当防衛権による戦争は正当なり、ということを認めることが有害である。近年の戦争の多くは国家防衛権の名において行われたのは顕著な事実であり、正当防衛権を認めることが戦争を誘発する所以である」
(同・1946年6月28日)

2 「我が国は自衛権を保有し、武力の行使によらなくとも米軍駐留によりこれを集団的自衛権として行使する」とした時期

【時代背景】講和条約、日本独立、(旧)安保条約成立、朝鮮戦争、警察予備隊発足、保安隊発足、吉田内閣

1950年元旦マッカーサー元帥、「年頭声明」で日本国憲法は自衛権を否定したものではない、と表明
1950年6月25日朝鮮戦争勃発(~53年7月27日)
1950年8月10日警察予備隊令公布・施行
1951年9月 8日サンフランシスコ条約・(旧)日米安保条約署名
1951年10月10日安保条約承認を議題として国会召集
1952年4月28日両条約発効
1952年7月31日保安庁法公布
 8月1日保安庁設置
 10月15日保安隊発足

「いやしくも国家である以上、独立を回復した以上は、自衛権はこれに伴って存するもの。安全保障なく、自衛権がないかのごとき議論があるが、武力なしといえども自衛権はある
(吉田総理答弁 参・本会議 1950年1月31日)

「安全保障条約は、日本の独立を守るために、日本の安全のために規定せられたものであり、即ち自衛権の発動である。国が独立した以上、自衛権は欠くべからざるものであり、当然の権利である。この自衛権発動の結果として安全保障条約を結ぶのは当然のこと
(吉田総理答弁 衆・本会議 1951年10月16日)

「国外からの不法な侵略あるいは国外と通牒した内乱というような直接、間接の侵略に対しても、これに対応するような措置をとらなければ治安の目的は達し得ない
(大橋国務相答弁 衆・内閣委・保安庁設置法質疑 1952年5月14日)

サンフランシスコ平和条約 第5条(C)

連合国としては、日本国が主権国として国際連合憲章第五十一条に掲げる個別的又は集団的自衛の固有の権利を有すること及び日本国が集団的安全保障取極を自発的に締結することができることを承認する。

日ソ共同宣言 第3項

日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は、相互の関係において、国際連合憲章の諸原則、なかんずく同憲章第二条に掲げる次の原則を指針とすべきことを確認する。
((a)略)
(b) その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使は、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎むこと。
 日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は、それぞれ他方の国が国際連合憲章第五十一条に掲げる個別的又は集団的自衛の固有の権利を有することを確認する。 (後略)

旧日米安保条約 前文(抄)

日本国は、本日連合国との平和条約に署名した。日本国は、武装を解除されているので、平和条約の効力発生の時において固有の自衛権を行使する有効な手段をもたない。
 (中略)
 平和条約は、日本国が主権国として集団的安全保障取極を締結する権利を有することを承認し、さらに、国際連合憲章は、すべての国が個別的及び集団的自衛の固有の権利を有することを承認している。
 これらの権利の行使として、日本国は、その防衛のための暫定措置として、日本国に対する武力攻撃を阻止するため日本国内及びその付近にアメリカ合衆国がその軍隊を維持することを希望する。

警察予備隊令第1条

この政令はわが国の平和と秩序を維持し、公共の福祉を保護するのに必要な限度内で国家地方警察及び地方自治警察の警察力を補うため警察予備隊を設け、その組織等に関し規定することを目的とする。

保安庁法第4条

保安庁は、わが国の平和と秩序を維持し、人命及び財産を保護するため、特別の必要がある場合において行動する部隊を管理し、運営し、及びこれに関する事務を行い、あわせて海上における警備救難の事務を行うことを任務とする。

3 「個別的自衛権の行使は認めるが、憲法上交戦権が否認されているため、集団的自衛権は行使できない。集団的自衛権は国際上一般的に確立した観念ではなく、個別の条約がなければ保有・行使できない」とし、個別的・集団的自衛権を分化して考えた時期

【時代背景】防衛二法(防衛庁設置法・自衛隊法)成立、自衛隊発足、国連加盟

1954年6月9日防衛二法可決成立
 7月1日自衛隊発足
1955年11月15日憲法改正を共通目標として保守合同、自由民主党発足
1955年12月10日吉田内閣退陣、鳩山内閣成立
1956年12月18日日本、国連に加盟

「憲法第9条第2項は、国の交戦権はこれを認めない、と定め、共同防衛を約束しながら、俺の国は交戦権がないから、お前の国が攻撃されても、武器をとって救援に赴き、交戦権をフルに行使して助けに行くことはできないということでは、どの国も共同防衛協定を結ぼうとしない。従って交戦権禁止の規定から、お互いが守りあうという内容の共同防衛協定を締結することは不可能。」
「自分の国が攻撃されもしないのに、他の締約国が攻撃された場合に、あたかも自分の国が攻撃されたと同様にみなし、自衛の名において行動することは、一般の国際法からはただちに出て来る権利ではない。同盟条約なり共同防衛条約なり、特別の条約があって、初めて条約上の権利として生れて来る権利である。そういう特別な権利を生むための条約を、日本の現憲法下で締結することはできないので、憲法で認められた範囲というものは、日本自身に対する直接の攻撃あるいは急迫した攻撃の危険がない以上は、自衛権の名において発動し得ない。」

自衛隊法第3条第1項

自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする。

4 「我が国は憲法上も集団的自衛権を保有するが、他国に赴きこれを守るという意味では行使できない。そのような能力も持てない。在日米軍を自衛隊が守ることは、集団的自衛権を持ち出すまでもなく、個別的自衛権の行使として説明が可能」とした時期

【時代背景】岸内閣成立、安保条約改定交渉、新安保条約署名、砂川事件判決、安保反対闘争、安保国会(日本に対する攻撃に日米共同で行動することが集団的自衛権の行使に当たるかが最大の争点)、新安保条約発効、岸内閣退陣

1957年2月25日石橋内閣退陣、岸内閣成立(安保条約の片務性改善を目指す)
1958年9月11日藤山外相・ダレス国務長官会談、安保改定に同意
1959年12月16日最高裁、米軍駐留を違憲とした東京地裁原判決を破棄
1960年1月19日日米安保新条約署名(米軍の日本防衛義務を明確化)
1960年6月23日同条約発効
1960年7月19日岸内閣退陣、池田内閣成立

「日本の基地におけるアメリカ軍が攻撃された場合には、日本も、日本の領土、領空、領海を侵害されたとの立場によって個別的自衛権を発動する。これを集団的自衛権と言わない点について一つ申し上げたい。お互いに対等に、たとえば日本が攻撃を受けた場合にはアメリカが出てきて守る、アメリカの本土を攻撃された場合に日本が行ってこれを援助する、こういうような完全なる形が集団的自衛権、国際法上の正当防衛権の集団的発動である。日本においては、憲法上の制約等もあり、そういうことはできない。日本としては、集団的自衛権で動くのではなく、日本のアメリカ軍が攻撃された場合には、日本の個別的自衛権の発動として日本の武力を行使することになろう。」
(赤城防衛庁長官答弁 衆・内閣委 1959年11月20日)

「アメリカ軍は集団的自衛権も個別的自衛権も両方持っている。日本としては、国際法上は集団的自衛権の権利を持っているが、これは憲法上の点もあり、また、個別的自衛権の発動によって十分達せられる。集団的自衛権を引用しなくても、日本の個別的自衛権でこれに対処することができる。日本としては、個別的自衛権しか発動しない。」
(藤山外相答弁 参・予算委 1961年3月31日)

「国連憲章に言っている、いわゆる独立国が個別的また集団的自衛権を有するという国際的な関係において、日本が自由独立国としてこれを国際法上持っているということは考えていいのだろう。それを現実に行なう上において、日本の憲法においては、外国に出て他国を、締約国であろうとも、その他国を防衛するということは憲法が禁止しており、その意味において、集団的自衛権、集団的な自衛権の最も典型的なものは持たない。
「集団的自衛権の内容が最も典型的なものは、他国に行ってこれを守るということだが、それに尽きるものではない。そういう意味において一切の集団的自衛権を持たない、憲法上持たないということは言い過ぎである。しかしながら、他国に行って日本が防衛するということは、これは持てない。他国に基地を貸して、そして自国のそれと協同して自国を守ることは、当然従来集団的自衛権として解釈されている点であり、そういうものはもちろん日本として持っている。

日米安保条約 前文

日本国及びアメリカ合衆国は、 両国の間に伝統的に存在する平和及び友好の関係を強化し、並びに民主主義の諸原則、個人の自由及び法の支配を擁護することを希望し、 また、両国の間の一層緊密な経済的協力を促進し、並びにそれぞれの国における経済的安定及び福祉の条件を助長することを希望し、 国際連合憲章の目的及び原則に対する信念並びにすべての国民及びすべての政府とともに平和のうちに生きようとする願望を再確認し、 両国が国際連合憲章に定める個別的又は集団的自衛の固有の権利を有していることを確認し、 両国が極東における国際の平和及び安全の維持に共通の関心を有することを考慮し、 相互協力及び安全保障条約を締結することを決意し、 よって、次のとおり協定する。

5 「我が国は国際法上集団的自衛権を保有するが、自衛権の行使は我が国に対する攻撃から国民を守るためのものとしてはじめて容認され、その措置は必要最小限度にとどまるべきもの」としたうえで、「他国に対する武力攻撃を阻止する集団的自衛権の行使は憲法上許されない」と解釈する時期

【時代背景】安保条約終了通告を可能とする時期の到来(70年安保問題)、佐藤内閣

1969年11月21日佐藤・ニクソン共同声明(安保条約継続、72年沖縄返還)
1970年6月23日安保条約自動継続

「最高裁の砂川判決において自衛権が承認をされ、自衛権を持っているというところまでは支持をされている。憲法前文なり、憲法第12条の規定から考えて、日本は自衛のため必要な最小限度の措置をとることは許されている。最小限度の措置とは、わが国が他国の武力に侵されて、国民がその武力に圧倒されて苦しまなければならないというところまで命じているものではない。国が侵略された場合には国土を守るため、国土、国民を防衛するために必要な措置をとることまでは認められる。その意味で、いわばインディビデュアル・セルフディフェンスの作用しか認められてないという説明のしかたである。憲法第9条に自衛権があるとも、あるいは集団的自衛権がないとも書いていないが、憲法第9条のよって来たる所以のところを考えれば、おのずからこの論理の帰結として、いわゆる集団的自衛の権利は行使できないということになる。」
(吉國法制局長官答弁 参・決算委 1972年9月14日)

政府は従来から一貫して、我が国は国際法上いわゆる集団的自衛権を有しているとしても、国権の発動としてこれを行使することは、憲法の容認する自衛の措置の限界を超えるものであって許されないとの立場に立っている。憲法は、自衛のための措置を無制限に認めているとは解されず、あくまでも国の武力攻撃によって国民の生命、身体、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るための必要やむを得ない措置としてはじめて容認されるものであるから、その措置は右の事態を排除するためとられるべき必要最小限の範囲にとどまるべきものである。そうだとすれば、我が憲法のもとで武力攻撃を行うことが許されるのは、我が国に対する急迫不正の侵害に対処する場合に限られるのであって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわなければならない」
(政府提出資料 1972年10月14日)

6 「集団的自衛権の行使は憲法に定められた自衛の範囲を超えるので、全く使えない。我が国は国際法上集団的自衛権を保有するが、憲法上その行使は許されない」とする現在の政府の解釈。憲法上の集団的自衛権の保有については明言せず。

【時代背景】鈴木内閣

「我が国が国際法上、集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上当然であるが、憲法第9条のもとにおいて許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されないと解している。
(1981年5月29日政府答弁書)

国際法上は集団的自衛権の権利は持っているが、それを実際に行使することは憲法の規定によって禁じられている。つまり、必要最小限度の枠を超えるものであると解釈している。そこで、国際法上は持っているにもかかわらず、現実にそれを行使することは国内法によって禁止をされている、と繋ぎ合わせている」 「集団的自衛権は国際法上の観念であり、独立国家としてそれは持っているが、結局憲法によって行使することができないので、それを国内法上は持っていないと言っても結論的には同じである」 「集団的自衛権は、全然行使できないのだから、ゼロであり、持っていると言っても、それは結局国際法上独立の主権国家であるという意味しかない。従って、個別的自衛権と集団的自衛権との比較において、集団的自衛権は一切行使できないという意味においては、持っていようが持っていまいが同じである。」 「外国に対する武力攻撃がたとえば間接的にわが国の安全を害するというような場合に、間接にわが国の安全が害されるようなときにもわが国は自衛権を行使することはできない。そういうものは当然集団的自衛権の範囲として行使しなければならず、わが国としてはそういうものは行使できない。」 
(角田法制局長官答弁 衆・法務委 1981年6月3日)

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