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党大会

安倍 晋三 総裁演説(全文)

安倍 晋三 総裁

皆さんこんにちは。自由民主党総裁の安倍晋三でございます。自民党立党60年記念式典にあたり、ごあいさつを申し上げます。本日大変お忙しいなか、本式典に万障お繰り合わせをいただき、ご出席をいただいた皆さまに、まずもって熱く御礼を申し上げます。多くのみなさまは地方議員として、全国各地にあって、日頃自由民主党を力強く支えていただいておりますこと、自由民主党総裁として心から感謝申し上げます。本当にありがとうございます。そしてこれからもよろしくお願いをしたいと思います。

先ほど、友党・公明党の山口代表から温かいご祝辞をいただきました。伝統ある公明党と立党60年を迎える自民党の連立政権のもと、これからもしっかりと実績を積み重ねてまいります。また、経済界を代表して榊原経団連会長からも力強いごあいさつをいただきました。どうか来年もまた、賃上げと投資をお願いをしたい、このように思います。うなずいていただきました。ありがとうございます。衷心より感謝申し上げたいと思います。また先ほどは、2人の地方議員を代表しての女性議員から、本当にすばらしいごあいさつをいただきました。まさに自民党の女性議員は輝いている。新しい時代の到来を感じさせるようなごあいさつでありました。これからも頑張っていただきたいと思います。そして五郎丸歩選手。すばらしいですね。盛り上がりました。特に女性のみなさんの熱気が違ったような気がします。今日はご出席をいただいている森・元ラグビー協会会長、元総理も、若いラガーマン時代はああだったのかなと、こんなことを想像しながら見ていた次第でございます。みなさん。来年も私たちも、来たるべき戦いに向かってこう精神を統一していこうではありませんか。本当に勇気を与えていただいたような気がいたしました。

さて皆さん、60年前、先人たちは大義のもとに自由民主党を立党しました。その大義とは日本の再建です。敗戦から10年。当時の日本は主権こそ回復いたしましたが、まだまだ経済においては支援や特需に頼っていました。まだまだ貧しい国でありました。海外に目を転じれば、その年、西側のNATOに対して、東側のワルシャワ条約機構が誕生し、自由主義と民主主義が厳しく対峙する東西冷戦が決定的となった時代であります。その中で、左右に分裂をしていた社会党が合流し、一大勢力を築こうとしていた。その状況に危機感を募らせた先輩たちは、もはや権力闘争にうつつを抜かしているときではない。志を同じくする保守勢力が合同して、自由と民主主義を守り、安定した政権基盤の上に、強力な経済政策を推し進め、国民を豊かにしなければならない。そして、憲法改正、教育改革、行政改革といった占領時代につくられたさまざまな仕組み、その仕組みを改めなければならない。こう決意を致しました。当時、鳩山内閣を支えていた民主党の三木武吉と、自由党の大野伴睦は犬猿の仲でありました。この2人が合同の調整に当たった。このとき、鳩山側近の三木武吉は、自由党の大野伴睦にこう語ったそうであります。「保守が合同して安定政権のもと、強力な政策を推進していくほか、敗戦した日本を再建する道はない。その妨げとなるのであれば、鳩山政権など明日つぶしたって惜しくない」。この鉄をも溶かす、燃えるような熱い情熱と信念の中から自由民主党は誕生しました。

安定的な経済政策のもと高度経済成長を達成し、日本は経済大国となった。そして、この果実を生かして皆年金、皆保険といった世界に冠たる社会保障制度を構築してきました。自由主義陣営の一員として日米同盟のもと日本の平和と繁栄を守り続けてきました。しかし、この道のりは決してみなさん、平坦なものではありませんでした。あの高度経済成長政策、所得倍増計画ですら、成長か分配かといった「都留・下村論争」に代表される大議論があったんです。 安全保障政策においては常に、国論は二分されました。日米安保条約改定時、また、PKO法制定時。あの時も、「戦争に巻き込まれる」といった無責任な批判がありました。そして、大きな反対運動にも直面しました。しかし、どの場面にあっても、先人たちは議論を積み重ね、そしてそれが正しいとの結論に至った道は、たとえ困難な道であろうとも、たじろがず、一糸乱れず進んでまいりました。決断には、そして行動には困難がつきまとうことを知っていた。その中で責任ある行動を取っていくことこそ、自由民主党の責務である。この信念のもと、自由民主党は60年の歴史を紡いでまいりました。

自由民主党が60年間、責任政党であり続けることができたのは、今日お集まりをいただいた皆さんをはじめ、全国の地方議員、党員、支部、そして、後援者のみなさまのお力のたまものであります。寒風吹きすさぶ中、あるいは太陽が照りつける中、一軒一軒支持をお願いして回り、一枚一枚ポスターを貼って回っていただいた、たくさんの地道な行動を毎日続けていただいたみなさんのおかげで、自由民主党は60年の歴史を刻むことができたんです。私たちはこのことを片時も忘れてはならない。あの3年間の野党時代は、私たちを鍛えてくれました。あの厳しい野党時代にあっても、温かく支援をしていただいたみなさんと接する中において、私たちは立党の原点に立ち戻ることができました。

60年前、自由民主党の結党宣言はこのフレーズから始まります。「政治は国民のもの」。この原点に立ち返って、2012年12月、私たちは政権を奪還しました。そして60年前と同じように、経済の再建に取り組んだのです。あれから3年が経ちました。GDPにおいては28兆円増えました。企業は過去最高の収益をあげています。この収益を生かし、賃上げ率は17年ぶりの高水準にあります。雇用に目を転じれば、有効求人倍率は23年ぶりの高い水準です。そして、私たちは地方創生にも取り組んできました。今年みなさん、全国で7つの県で有効求人倍率が過去最高になりました。青森県、秋田県、高知県、徳島県、福岡県、兵庫県、そして沖縄県であります。あの高度経済成長期、あるいは、バブル期よりも皆さん雇用条件はよくなったんです。もちろんすべての県で3年前よりはるかに有効求人倍率はよくなっています。今日も高知県の方々来ておられますか。はい。高知県。1963年、この統計を取り始めて以来、皆さん初めて有効求人倍率が1に到達しました。おめでとうございます。高知県では県庁で祝杯をあげたそうであります。この経済の好循環をこれからもしっかりと全国津々浦々に広げてまいります。

先般、TPP交渉が大筋合意にいたりました。アジア太平洋地域に、世界のGDPの4割を占める自由で公正な経済圏が、市場が広がります。日本の前に、新たな可能性と、そして、新たな未来が広がります。しかしもちろん、このTPPに大きな不安を抱えておられる方々がたくさんいらっしゃることを私もよく知っています。私のふるさとも農村地帯です。みんな朝早く起きて額に汗して草を引き、丹念に作物を育て、時には大きく変わる気候と戦いながら、秋に収穫を迎える。農業は大変な作業です。ですから、農家のみなさんの手は、ごつごつしている。このごつごつした手で農業を支え、食を支え、そして日本の美しい景観と田園風景と、日本の文化を守ってまいりました。TPP交渉に参加する際、私は皆さまに「農業は必ず守っていきます。私を信じていただきたい」。こうお約束をいたしました。その約束は必ず、果たしてまいります。中山間地域も含めて、農林水産業をしっかりと守ってまいります。 しかし同時に、農業に携わる農業者の平均年齢は66歳になりました。残念ながら、日本の人口は当分減っていく。つまり、消費者が減っていくんです。守るためには攻めなければなりません。TPPによって生まれる新たな市場は、日本のおいしい、そして、品質の高い農産品を待っているんです。日本よりもはるかに面積の小さいオランダは、農産品の輸出世界第2位です。日本にも必ずできるはずであります。若いみなさんが農業に魅力を感じる農業新時代を必ずつくってまいります。そして、TPPは大企業だけではなく、しっかりとルールによって守られる。市場は中小企業にとっても参入しやすい市場です。中小企業にとっても必ずチャンスになっていきます。このTPPを私たちはしっかりと、日本の成長に結びつけてまいります。

いよいよアベノミクスも第2ステージに入りました。目標は一億総活躍社会です。若いみなさんも高齢者も、女性も男性も、障害のある方も難病を持っておられる方々も、一度失敗した人も、誰にでもチャンスがある。誰にでも生きがいがある、そういう日本をつくってまいります。戦後最大のGDP600兆円。希望出生率1・8。介護離職ゼロ。この明確な的に向かって、新たな三本の矢を放ってまいります。この3年間の成長によって、私たちは税収増という果実を得ました。この果実を子育て支援に、そして、介護離職ゼロのための社会福祉に、また成長のために使っていくことによって、さらに安定した社会基盤の上に私たちは成長していくことができます。そして、みんなが活躍できれば、多様性のある社会が実現し、新たなアイデアが生まれ、イノベーションが起こります。それは成長へとつながり、私たちをもっと豊かにします。消費や投資や社会保障の充実につながっていく。成長か分配か、どちらを重視するかといった論争に終止符を打ちます。一億総活躍社会とは、成長と分配の好循環を生み出す新たな経済社会のシステムの提案であります。

もう早くも、「そんなことはできない」。やる前からこんな批判が起こっています。3年前もそうでしたね。「三本の矢」でデフレ脱却に挑む、と言ったら「それは無理だ」あるいは「無鉄砲だ」と批判された。しかし、いま私たちは、デフレ脱却までもう一息までというところまでやってきたんです。行動には常に批判が伴います。平和安全法制の時もそうでした。しかし、この法整備によって、日米同盟は強化され、盤石なものとなりました。それによって抑止力は強靱化され、そして、切れ目のない対応が可能となったんです。私たちの法制については世界の多くの国々が、理解と支持を表明しています。 日本人の命と幸せな暮らしを守り抜く。この最も大切な責任を果たしてきたのは、果たしていくことができるのは、私たち自由民主党であります。これからも、この誇りを胸に国民と共に歩み、やるべきことは決然として実行し、結論を出す責任政党であり続けてまいります。

3年前、「日本はたそがれを迎えている」と、そうまでいわれていました。この3年間、みんなで頑張って、マイナスからプラスへ、あきらめから希望へと、日本を大きく変えることができました。やればできる。みなさん、新しい目標に向かって、やろうではありませんか。そのために、来年の参院選挙、勝ち抜かなければなりません。来年の参院選挙、輝ける勝利を得て、次なる60年に向かって大きな一歩をともに生み出してまいりましょう。

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